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梅雨明けが遅れて千葉では7月後半は曇る日も多く、気温は7月前半に比べて低いが蒸し暑いという日が続いた。3年目になった22時~2時の仕分けの夜勤もここまでかと思うほど7月の前半は深夜になっても下がらない気温と蒸し暑さにマイッタ。

ここ数日夕方になると千葉港から潮の腐ったような悪臭が漂ってくる。この高温で町中に充満している下水の臭いも相まってたまらん。娘(ニャーゴ・高2)がホームステイに行っている先のスイスのお嬢さんが来夏わが家にやってくるのだがこの蒸し暑さや臭いに耐えられるのだろうか・・。アジアンテイストと理解していただけるとありがたい。

数日前に人生初の海外に出かけたニャーゴ。わたしだったら(旅嫌い)2週間もホームステイとは恐怖なのだが楽しいらしい。今は便利でネットのテレビ電話で会話ができる。
可愛い子には旅をさせよ。

10月には学校経由のホームステイがあり、今年は3か国に行く事が出来る。頑張れ。わたしも頑張って働く。

本題。

7月26日未明、神奈川県津久井の国道20号にほど近い障害者「福祉施設「津久井やまゆり園」で元職員による大量殺人事件が発生し、入居者ら数十人が刃物で刺され、19人が心肺停止、20人が重傷、その他ケガ人も多数あった凄惨な事件となった。
亡くなられた方と被害に遭われた方、ご家族の皆様にお悔みとお見舞いを申し上げます。

犯人植松聖(26)の主張「周囲に抹殺の考えを話しても理解を示されなかった。しかしながら自分の考えは間違っていない。重複障害者は人の形をしている物であり人間ではない。自分の考えを認めない周囲はきれいごとを言っているので納得できない」

やまゆり園の所長は「それはナチスの考えと一緒だよ」と諌めたが聞き入れず、今回の凶行に至ったそうだ。

大麻と使っていたとか、犯人が独特の考えの持ち主だったとか特殊なことだと片付けず考えなければと思った。

Facebookでシェアしていた方がいた記事を読んで共感したので少し考えがまとまった。

わたしが思い出したのは石原元東京都知事が障害者施設を訪れた時に「ああいう人ってのは人格があるのかね」「絶対よくならない、自分が誰だか分からない、人間として生まれてきたけれどああいう障害で、ああいう状況になって……」「ああいう問題って安楽死なんかにつながるんじゃないかという気がする」と述べたことだが記事の中にも触れてあった。
石原のババア発言とか、麻生太郎の老人いつまで生きるつもりとかつくづく「自分は特別なので高みから言える」みたいな考えに反吐が出るのだが。選民意識がヘイトクライムにつながる危険性をはらんでいることを意識してない「為政者」は最悪だ。


劣悪な労働環境(障害者施設だけでなく老人介護施設や保育施設なども当てはまる)で不満が増幅した事と「自己責任論」が生み出した記事にあるが、障害者を生きる価値がないと断罪する側が次は切り捨てられるものにつながっていくと思えて他人ごとには思えないのである。

ナチスの優性学思想でユダヤ人の虐殺に先立ち障害者の「安楽死」T4作戦が行われたのだが、社会にとって有用でない=生産性が低い人々は生きている価値もなく死んだ方がいいという考えにつながるなら大体の人が大して役に立ってもいないし死んだ方が良いのである。


ネットでは障害者が殺害されたことに対して容認するような意見や障害者に対するヘイト発言も散見されるが、そういった発言主も大して重要な人生を送っていないから死ねと言われる危険性もあるということだ。

犯人の行動を断じて許すことはできないし、決して他人事ではない。

過去日記 ただ無償に存在するのみ でも触れたけどわたしたちは大きな流れの中で生きていること、わたしたちの存在意義は誰かに定義されるものではないということを思い直した。

二度とこんな事件が起こらないことを、犯人の考えを正しいと思う人が増えないことを祈ります。
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【2016/07/29 19:59】 | 心もよう
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今年中学2年生になった息子・ぼんは中学入学後の夏くらいから朝起きることが辛くなって頭痛を訴える頻度が多くなった。部活の運動量や中学校生活に適応できないこともあったのだろうけど酷い日は朝起きてからまた寝てしまい午後2時くらいまでは起きられないという日もある。前日は午後10時までには寝ていてなので、睡眠不足ではなく、病的な何かでないとそこまで寝られないだろう。

一昨年から参加している生活クラブの本選びの会で回ってきた「朝起きられない子の意外な病気」(武香織著)という本をかつて読んだことがあってその頃は自分の子どもにかかわると思っていなかった「起立性調節障害」(Orthostatic Dysregulation :以下OD)ではと思うようになり春ごろから小児科で治療を始めた。

ODの症状
朝起きられない:起きようと思っても身体を起こすことができない。目は醒めても身体がだるくて動かない。なかには、なかなか目が醒めず保護者が無理矢理起こしたことも覚えていないことがある。この場合には睡眠障害といえるものもある。
立ちくらみ:急に立ち上がったときに目の前が暗くなったり、白くかすんだりする。とくに午前中に強い。風呂から上がるときにも起こりやすい。
全身倦怠感:身体が重たくてだるい。とくに午前中に強く、午後から程度が軽くなり、夜にはほとんど感じなくなる。
食欲不振:午前中は食欲がない、とくに朝起きた後は気分が悪くて食べられない。
立っていると気分が悪くなる:起立した状態で何か作業をする、通学など電車で立っているなどしたときに、気分が悪くなり立っていられなくなる、あるいは倒れそうになる。ひどい場合には気を失ってしまう(失神)。その際に冷や汗が出たり動悸を伴ったりすることもある。
失神発作:気を失って倒れてしまう。その場合、前兆(目がちかちかしたり、目の前が見えにくくなったり、気分不良、冷や汗、動悸など)を自覚する場合もあれば、前兆もなくいきなり気を失う場合もある。人によってはくり返すこともある。
動悸:胸がドキドキと心臓の拍動が速くなる。とくに午前中に起こりやすく、立ち上がったときや階段を上ったりする際に多くみられる。
頭痛:起立性調節障害の子どもの頭痛は、起立性調節障害による頭痛、片頭痛、緊張性頭痛の3つが混在していることがあり、見分けが難しい。起立性調節障害による頭痛は朝、起き上がってから出現し、午前中に多く、午後から楽になる、痛みの性質や状態は片頭痛のようにズキズキすることもあるし、頭重感のこともある。片頭痛は、午前午後など時間に関係なく発症し、脳に心臓があるかのようにズキズキし、目がチカチカして吐き気や嘔吐を伴うことがある。片頭痛は1~3日持続することもある。緊張性頭痛は精神緊張、僧帽筋や頸部筋の緊張を伴い、肩こりが強く頭を締め付けられるような痛みが多い。タイプによって処方薬も変わる。
夜なかなか寝つけない:起立性調節障害は夕方から夜になると気分がよくなり、夜には目がさえて寝つけない。布団に入ってもいつまでも眠くならない。副交感神経(身体を休めるはたらきをする)は夜に活動が増え、朝に活動低下するという日内リズムがあるが、起立性調節障害では夜に活動が増えないので、眠くならない。退屈なのでついついテレビやゲームをやってしまう。保護者からすると、夜更かしの朝寝坊、怠け者、という印象をもってしまう。
イライラ感・集中力低下:午前中はほとんどといってもよいほど頭がまわらない、授業にも身が入らない、思考力が低下し考えがまとまらずイライラする。午後からは思考力は回復なるが、勉強が遅れて宿題がたまるのでイライラ感はなくならない。

ODの問題点は「軽いうつ病」「心の問題」「根性が足りない」「単なるわがまま」とされることがあり理解されないこと、いずれ治るのだけど学校に通わなくてはいけない時期で受験などもあるので本人も保護者も追いつめられてしまうことがある。

ぼんもかなり頭痛を訴えていて小児科で血圧を上げる薬(メトリジン)と漢方(補中益気湯)と頓服の頭痛薬を処方されたがなかなか頭痛が改善されなくて脳神経外科まで紹介された。
(小児科では数分寝てから立ち上がって血圧を測るとがくんと下がることとその他の訴えからODと診断された)

脳神経外科ではMRI検査で異常なし。「頭痛ダイアリー」という記録を1週間つけてまたお母さんだけ来てくださいと言われ持って行ったら「こんなに毎日頭が痛いのはあり得ない。心理的なものではないのか。起立性調節障害なんて色んな事を最近いうが何なのかわからないねえ。最近は学校でもなんとも言わないの?」と言われた。言外に怠け・気の持ちようなんじゃないのというようなニュアンスを感じたので「あとは小児科の先生と相談します」といってもう行かないことにした。

2006年に日本小児心身医学会から「小児起立性調節障害診断・治療ガイドライン2005」が発行されているし、脳神経外科を標榜しているなら知らないわけはないんだろうけどね~。

学校では1時間以内なら保健室で休養をとってもいいらしく、欠席をすることや部活動に参加できない日があることは理解がある。今はもうそんな時代なのだった。

メトリジンはODの診断が出た時に一番最初に処方されるらしい。
水分と塩分を多めにとる、夜は寝付けなくても早めに床に入る。など生活面のアドバイスも受けた。

まずはじめに怠けではなくODなんだ。ということがわかってぼん本人も気持ちが楽になったが飲み始めてから著しく効いたわけではなく一か月ほどして頭痛が強いということで、ODと別の病気も関連するかもしれないからと脳神経外科に行ってみてはと言われ上記のとおり。
そしてメトリジンを増やしても具合がよくない日がありまた絶望のようになり・・
あとはカウンセリングもありますよと言われたがカウンセリングの適応ではなさそうだな・・と思って帰ってきた。

そんなある日午後も立ちくらみで部活を休んで帰ってきた息子を見てふと頭痛に鍼灸が効くことがあるよな~と思い立ちネットで検索してみると私が突き指でお世話になったことがある近所の鍼灸院の院長のブログにODの子の治療のことが書かれてあって早速電話して問い合わせてみた。

行うことは鍼とお灸で自費診療、週1回程度の通院で様子見る、事前に本人が治療を開始することに同意していることが必要と聞きぼんに聞いたら「やってみたい」という。
鍼は嫌だけど捻挫でやったことがあってそこまで恐怖感が無い事もよかった。

まあ、このままの状態では辛いだけだし、やってみてどうか決めればいいかと思った。

次の日(土曜日)に行ってみると詳しく説明を聞きながら鍼とお灸を行っていき手足、お腹、背中、首や眉頭などに様々な鍼や灸を施してくれて小一時間。痛みはそれほど感じなくて、施術後汗が出てお腹がポカポカして温泉に入ったように気持ちがいいと言っていた。

ブログでは何人もの思春期のお子さんが治療に訪れ快方に向かって行ったことが書かれていたがぼんではどうかな~と思って行ったがその夜は毎日寝つきが悪く何度か起きてしまうということがなくぐっすり眠れたと言っていた。

今週学校が始まってあまりスッキリ起きられるとは言い難いのだけどこれは少し続けてみたいと思った。
かなり遠方から通ってきているお子さんもいるそうで、近いだけでもありがたい上に腕のいい先生でよかった・・・。

お腹が弱い事と家族歴も関係ありますねと言われた。
わたしも中2~3年生のころ当時は自律神経失調症といわれたがめまいと立ちくらみと貧血がひどかった時期がある。
ホルモンのバランスの乱れというか、一時のもので身体が成長すれば嵐が去るのだが。

小児科で一番初めに体は辛いけど自分が頑張って起きるとか学校行くとか思ってないとだめだよ。と諭されそれは本人も理解していた。
親のわたしでも頑張ってよ~とか思ってしまうことがあるのだから学校の人間関係ではうまくいかないこともあるだろうし本人は辛いだろう。
不登校の3~4割くらいはODがかかわってるとも言われる。心理的な要因より身体的なことから負荷がかかる。

今は帰りは自力で歩いてくるが、朝は何度も起こして歩いて30分以上かかる道のりを車で送っているというVIP待遇(しかも中学校はなぜか教科書などを置いておく事が出来なくて量ってみたら13㎏もあるカバンを背負っていかなければならない)。

ぼんはODとしてはそこまでひどくない(全然登校できないわけではない)のだが、本人は常に具合が悪くつらい。
しかし、本人や親が道を見つけて行かないといけないことなのだと思う。
甘やかしと言われてもいいのである。いつか嵐が去ることを信じよう。

【2016/06/21 23:54】 | こども
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ご子息様の調子はいかがでしょうか
ヨッチャンイカ
今日は。
その後、ぼんさん(…て表記すると別の人を連想してしまいよく無いですね。。)のお調子はいかがでしょうか。針治療などで改善されて入れば良いのですが。。

ご主人様の治療の事もあり大変と存じます。次第に寒さも本格的になって来ましたので、お身体をお大事になさって下さい。

また落ち着かれましたら、剣道の記事もお待ちいたしております。

Re: ご子息様の調子はいかがでしょうか
抹茶左右衛門
ヨッチャンイカさま 
ありがとうございます。息子の頭痛はだいぶ良くなりました。薬は効かなかったのに・・でも朝起きられなくて格闘中です。
わたしも稽古は継続していますが、ばたばたしているとつい休んでしまったりして・・11月からまた心機一転、週3回を目標に掲げています。
昨日は雪まで降って寒かったですが、まだまだこれから寒さは本番、お互いに体を大切に乗り切りましょうね。


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2016年もあけて一か月経過。 気学では新しい年は2月4日の立春からとのことなので気持ちを新たに計画を立てて頑張ろう・・と思いつつまた半年ぐらい過ぎてしまいそう
節分の日に書いたのにチェックする時間がなくてUPが遅くなってしまった。


4つのわたしをどうやって生きていくか。

 ①主婦として 家事や家族の世話や家計管理その他全般 
家庭を明るく健全に維持していくことはどんどん厳しくなっていく昨今。プレッシャーでもある。
家事の時間は毎日朝晩6時~8時の計4時間と日中と夜寝る前の1、2時間程度が大体の平均で、仕事で帰宅が7時近くになる日もあるけどこの時間は在宅しているようにしている。
もう少ししたら帰宅が遅くなってもいいのかなと思うのでだんだんと変えていこうと思っている。


 ②稼ぎ手の一員として 非正規をつないでいるわたしにはキャリア形成も昇給もないし、旦那の何分の一しかもらえないがそれでもこれから学費が必要になるのでできる限りは働いていくしかない。
子供のためというか家庭のためなら働けるし(寝不足等で)辛くても頑張れる。
一番好きな塾の仕事は決まった時間しか働けないので作業の仕事などを組み合わせている。

 ③わたし自身 これは趣味で続けている剣道もそうだし、最近は時間がなくて疲れてしまいできないが以前やっていた生活クラブの組合員活動などの活動やファミリーサポートや読書など。
今は運動(ムーブメント:社会的な運動)があまりできないのが残念でいつか余裕が出来たら(②の役割を今後増やす予定なので)必ず割合を増やしていきたい。


・・・・以上の3つがこれまでだったが、

 ④娘として(嫁としての役割は①に入る) 実家の家族の問題や健康とわたしの場合は実家の父の経営している会社の問題も入ってきたりしてなかなか今までタッチできていない(しない)ことだった問題をわたしも関わらないといけないんだなと思った。今年からは「実家を円満に終わらせる」ことに何らかの形で関わらないといけないだろう。


時間には限りがあるしわたしももう若くはないのだから体力的にも限界がある。息子を含めて自立してもらわなければ。そのためのモロモロもわたし自身が心を鬼にして時間を作って手間を割いてやっていかなければ自然にうまく流れることはない。
ということで今年も健康第一。
旦那は入院したがわたしは病気になれる身分じゃないとつくづく思った

去年心臓の手術をした旦那は手術自体は無事に終わったそうだが退院後感染などの合併症を起こして再入院し更に1か月近い入院と一か月近い自宅療養を余儀なくされた。

このことについては病院の説明不十分や執刀医も明らかにならない「チームで医療を行っている」という説明にかなり不信感を抱いた。毎回説明が食い違っていたり。素人にはわからないことも多いが、近くの市立病院で心臓手術後死亡した例が相次いだことが明るみになったこともあって、しっかりした枠組を作らず現状のような状態で行うのならいずれ大きな医療事故につながるのではと思った。
これだけインフォームドコンセントがなされることが当たり前のようになった世の中にあってちょっと信じられないほどのずさんさだったと思う。国立大学医学部付属病院として医師の数が少なくて業務がパンクしていることによるのかなんなのか・・・

1回目の手術の時は執刀医ではないDrが来て5分ほど軽く説明をされたがそれで「ご家族様には十分説明してあります」とか2回目の処置は散々待たされて処置に入り終わって上がってきてベッドを入れるので病室から出ろと言われ出て待っていたのに何の説明もなくその後1時間ほど待たされ聞きに行けば「帰ってくださって結構です」だと。

盲腸の手術で小さな市中病院で手術を受けた時ももっと説明をしっかりしてくれた。
こんなことが何度もありただのクレーマーではないと思っている。

患者様と呼んでホテルの客のように対応すべきと思っているのではないが、一つ一つのことについてとても疑問に思うことが多かった。
保険会社に出す書類も1か月かかるというので待って連絡したらまだ(2か月たつ)出来ていなくていつできるかわからないがもう少ししてそちらから電話をして出来上がってたら取りに来てくださいとかね。 

どこまで以上が過剰なサービスかという問題もあるが、一時的に20万、30万支払わなければならないことから(月がまたがっていたり差額ベッド代や入院中の寝巻食事費などを入れたらよくファイナンシャルプランナーが説明しているように一時払う金額が9万では収まらないのである)保険の書類などは迅速に発行する、または切手代を徴収し出来次第患者宅に郵送するくらいのことはできるであろう。遠方から通う病人にまたいつできるかわからないけど待ってから取りに来いとかまずそこはちゃんとしようよ(文書料1万円以上取られてるし)。

とかはいずれ投書してもいいのだが、いわれなきクレームとして処理されるんだろうね。

旦那は無事に回復して時短勤務から始めている。
こんな時正社員で制度が整っていれば生活の心配がないんだろうけど非正規雇用では万が一の時もう簡単に生活苦に陥ってしまうと思う。




ぼん(息子)も中学校に入学してからなかなか体がついていかず、夏休み明けから頑張っていたものの昨日から熱が出て欠席。わたしも今日は午後からの仕事がないので在宅。
体調が悪くて学校を休むことや行っても呼ばれて迎えに行ったり、けが通院となかなかスッといかない中学生ライフ。

10月、12月の旦那の入院中の期間に合わせたようにそれぞれ部活でけがをして午後の仕事の後に急いで着替えなどを持っていき夕飯作って・・の間学校への送迎、整形(リハビリ)、整骨院への送迎とめまぐるしく過ぎた。


いつもは一日の数時間は家で一人になれるのだけど子供たちの冬休みもあってずっと誰か家族がいて≒3度のご飯やお茶などの世話、心配になったおじいちゃん(旦那のお父さん)が急に上り込んできてそのときたまたま夜勤明けでまた仕事に行く前で雨で乾ききってない洗濯物を広げていたら「ゴミ屋敷」とか言われたりして(悪い人じゃないんだけど思ったこと全部言う)思うようにならない冬だった。

トースターでもちを焼いていたら前に焼いたピザから垂れたチーズの油が燃え上がってとっさに水をかけて消火したり、夜-3度の倉庫で仕分けのバイトをして帰ってきたら左の股関節がちょっとずれたのか翌日も痛くて全く動かせなくなってしまい「剣道も配布のバイトもできない!」と焦ったり(一日で治った)、1月は丸一日仕事がない日が2日あったけどほとんど寝たきりで過ごして一日を棒に振ったりしていた(ただしその後2日くらいは充電されているのでハイパフォーマンス)。

旦那が自宅療養の間お茶くらいは自分で沸かせるようになり洗濯物を畳む、風呂を洗うくらいの手伝いはするようになったのだけど定年退職をしたわけではないので家事の分担は特になく1か月くらい過ごして慣れた処社会復帰となった。

今年度は午後の塾の仕事を週3回、時間自由な配布の仕事を週1、2回、ハーフ夜勤((22-2時)を週4回と午前中は比較的空いているのが本当に今回は幸いだった。午前中の仕事だったら旦那の療養と息子の不調で欠勤が続いてもうやめてもらって構わんよとなったと思う。午前中働いてないメリットが大きかった。

いつもは午前中に剣道や家族が出かけた後に一人で家事をしながらリフレッシュできる時間がかなり削られた。いずれ来るかもしれない介護の日々の比ではないだろうが。

この冬は仕事に出られる時間がいつも以上に心の支えだった。
旦那の自宅療養の最後の方は日雇派遣労働に急きょ登録して夜勤明けや夜勤入りの日に一日派遣労働に出かけたりした。家にいるより気持ちが楽。

しかしこういった労働では昇給も保障もなく、健康だとしても収入は限られ、体を壊せば直ちに貧困だ。


恐ろしいくらいの勢いで日々が過ぎてしまうのでなかなか色んな事が出来ないのだけど(ブログも日々の覚えとして書きたいのだけどたどり着けない)、節制コンディショニングを心がけて今年が終わるときにはいい一年だったと思えるよう努力しよう。

節制
・夜勤が休みの日のお酒をやめる。最終的にはお酒自体を飲まないようにする。習慣になると依存につながるしその後うだうだしてしまうから。夜の時間を活用して家事の足りないところをしたり、勉強したり(実家のことに関連してとある資格を受験しようと思っている)、ボディーワーク(ヨガなど)をしたり、TV見てゴロゴロして寝てる2時間程度を毎日有効に使えるようにする。

・食事に気を付ける。まずは体脂肪を減らす。健康に過ごせるよう生活を修正していく。
特に夜勤から帰ってきて寝る前にお腹がすいていても何か食べないようにして明日に持ち越す。

コンディショニング
・仕事を整理してより取り組みやすくする。
・仮眠、早寝の時間を工夫して取り睡眠不足を持ちこさないようにする。
・腰痛の予防のためのストレッチや筋トレ、腰を痛めない所作を心がける。
・剣道の稽古の回数は一定(週3回以上)を維持できるよう予定を立てて効率よく時間を過ごす。
稽古前後のストレッチや筋トレなどを行い体力の衰えをできるだけカバーし怪我を予防する。


【2016/02/02 16:35】 | くらし
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パソコン開くたび見てはニヤニヤしている動画を置いておこうっと!
かわええ~。


【2015/10/28 00:11】 | くらし
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はじめまして
よっちゃんイカ
燃える主婦魂様、はじめまして。

私は昨年の5月位から、小学校以来30年以上のブランクで剣道を再開した者です。
色々情報が欲しくてネットで検索する中で、このブログに出会いました。
なので、読者歴は極短いのですが、楽しみに読ませていただいております。
しばらく更新されておらず色々お大変な事と存じます。
お忙しいなか、剣道の稽古も行かれてるのでしょうか?
また余裕ができて、記事が更新されるのを楽しみにお待ちしております。

Re: はじめまして
抹茶左右衛門
よっちゃんイカさま 
コメントありがとうございます!

しばらくなかなか更新できませんでしたが元気に剣道の稽古も通っていました。
大人になるとまた剣道は別の楽しみが生まれてくるというか、いろんな方と稽古
していただきながら学べて本当に楽しいです。

家のことや仕事等の都合で稽古に通えないこともありますが長くゆるゆる続けて
いきたいと思っています。

30年のブランクを経て再開されたのですね。お互いに健康を第一に長く楽しみま
ましょう。


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日中は暖かでも朝晩が冷え込むようになってきた。

旦那が心臓の手術で入院してもうすぐ一週間になる。本人の自覚症状がないまま病状が進行していたようで、外科の先生にはなるべく早く手術しないとやがて心不全を起こすし、悪くなってから手術をすると心臓の機能自体落ちるから回復もよくないと聞いて決断した。退院もそう遠くないと思うが、退院後も1か月くらいは自宅療養となる。
3食作って掃除を行き届かせることをこの機にしっかりやりましょう(震え)。


10月連休最終日にはニャーゴが通っている大手進学塾主催のセミナーに同行した。東京国際フォーラムに初めて出かけたが、近未来的な建物に千葉民びっくり。
大学教授などのお話を選んで聞けて、いくつか自分の興味ある分野の話を聞けるというもの。国際関係と法学の話を選んで聞いてきた。ニャーゴは今高校の国際科に通っていてやりたい勉強と部活(剣道&ESS)が出来て充実している。
本人は自分の生活に満足できていないところもあるんだろうけど入りたい高校・特色科に入ったことで自分で考えて行動すること、努力することが身についてニャーゴの財産になると思った。わたしが高校生の時は漠とした未来をあまり見通す事が出来なかった。
法学の先生の講義でTPPの妥結大筋合意などもありますます(否が応でも)グローバル化が進む中、英語は必須と聞いて、英語の学習もさらに頑張ろうと思ったようだ。
先月は常総のボランティアに行くというので同行し、8月は劇団四季のミュージカルに行きたいというので予約して二人で出かけた。やりたいことをやり見たいものを見る。
人生これから!ニャーゴ頑張れ。

長生きできるこの時代、子どものお弁当を作って学費の足し(本当に足し程度しか稼げないが)のためのパートに行き、話を聞いたり世話をして、いつかニャーゴが子どもを産むようなことがあったらサポートしてあげられるのが当たり前のように思うが、健康に気をつけないとな・・既婚主婦は家族の時間材と聞いたが(社会学者の水無田気流さんの著書による)、わたしの時間は家族のものでもある。

旦那の入院の日は手術室に入る前に行き、見送ったら病棟の休憩室で終わるまで待ちICUに移った旦那を見届けて帰った。朝7時半に入り15時半に病院を出た。11時半からは旦那のお母さんも来てくれて一緒に待った。

リビング新聞の配達週で折り込み作業が多かった日なので(一回の配達で10,000円ほどの収入)入院~手術日までの3日間の生活が結構な極北感があった

水曜日 
6時起床 弁当&朝ごはん作成 洗濯 
9時旦那と病院入り 
11時半~主治医の説明を聞き 
14時~18時塾の仕事
帰宅後届いているリビング新聞にチラシを折り込み(今回は6枚と多め) 
夕方の家事タイム
22時~2時仕分けの仕事 
折り込み作業の続き

木曜日 
折り込み作業の続き 
6時~弁当&朝ごはん作成 
8時~10時半掃除してちょっとソファでうとうと 
12時~17時半リビング新聞配布 買い物 
18時半~ニャーゴと旦那の病院 帰りに竹刀を買いに行き 
夜の家事タイム 夜勤なし 
23時就寝

金曜日 
4時20分起床 朝ごはん作成
5時半から6時半リビング新聞配布 
7時30分旦那の病院入り手術の付添い(待機)~15時半 
自転車で移動しながらリビング新聞の残りをまいて
電車とバスでニャーゴの高校の2者面談17時30分~18時
夜の家事タイム 
22時~2時仕分けの仕事(連絡があったら病院に向かえるようにしてたのでハラハラ)

土曜の乗り切った感・・土日も夜勤だけあったが、休むと時給労働者は減収になるのでやはり正社員じゃないって厳しい
そして正社員も今日び厳しい。一体どこへ向かっていくのか不安で眠れないではないか(変な時間に布団でガッツリ寝てますが)。

今週は少し午前中の剣道の稽古に行く時間もできた。
多くを望まないので何とか子どもたちが独り立ちできて家庭生活が全うできますよう。
今できることをちょっとずつやって一日が終わるくり返しでよいのだとも思う。

DSCF2281_convert_20151015212438.jpg
千葉港からの日没のダイヤモンド富士見られなかった。また来年元気になった旦那と。

それではおやすみなさい。

【2015/10/15 22:30】 | くらし
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昨日はニャーゴ(娘・高1)の提案で二人で常総市のボランティアに行ってきた。
9月10日の豪雨で鬼怒川の堤防が決壊し洪水によって市内の広範囲に浸水被害が出た。
朝6時半にバスの発車場所に集合し、説明を受けてボランティアの印のワッペンを貼る。泥棒と間違われないようにと説明があったのだけど実際避難中のお家に空き巣が入っている。

注意事項の中でゴミだとしても大切な家財や思い出の品だったりするので、ゴミと直接言うのではなくて「捨てるもの」など言い方も気を付けてくださいとあった。また、被災地でのカメラ撮影はしない、依頼者の気持ちを尊重する、ボランティアセンターの仮設トイレをきれいに使うことが第一歩など災害ボランティア初心者にもわかりやすく納得できた。

わたしたちに割り当てられた内容は農家さんの農具庫や作業場の泥出しだった。
遠くから県内の高校の野球部のメンバーが参加していて、辛い顔一つせず素早く動きテキパキコツコツ片づけていく様子は素晴らしかった。あとから知ったのだけど、千葉から参加したわたしたち(4時33分の始発で行った)よりももっと遠くから来ていた。翌日試合だと言っていた。重い水を吸った畳や腐敗して悪臭を放つお米などをどんどん片づけて最後のスコップやブルーシートの片づけなども手伝っていて野球部がいてスムーズに出来てたと言っても過言でないくらい。

昨日で3日目ということで作業が終わるころには農具庫や作業場の床面が見えるようになっていた。傾斜のある床面の深いところにたまった水も野球部がコツコツ手箕やバケツで掻きだして綺麗にしていた。水が残っていると淀んで有機物が腐敗して悪臭を放つのでこの際に水を出せてよかった。動かないトラックを押して出したり、綺麗になった作業場に大きな脱穀機を移動させたり野球部大活躍だった。
ほかにも朝早くからたくさんのボランティアが参加していて、ボランティアセンターの対応も上手だった。

木や建物についた跡を見ると水は1メートル80センチは超えていそうだった。一週間以上たってはいるが、未だ流れ込んだ泥や濡れてしまった畳や布団がすべて処理できていなくて腐敗の問題もある。

道端には泥を詰めた土嚢と浸水して廃棄するしかない家財道具などが積まれている。
道路を行きかう車のあとには土埃がもうもうと立つ。

秋空の下、本来は刈り入れを待つばかりの黄金色に輝く稲穂たちは泥にまみれ倒れてしまっている。
トラクターやコンバインも浸水してしまい動くかどうか・・
農家さんにはほとんどのものを廃棄してと言われたが、来年の田植えの時期のための育苗トレイをできるだけ集めてほしいと依頼があった。来年の刈り入れはたくさんのお米が出荷できますよう。

どうか一日も早い復旧を心よりお祈りしております。

【2015/09/22 20:13】 | くらし
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こんにちは
鬼藤千春の小説・短歌
はじめまして!あるブログを拝見していたら、このブログに出会いました。私もブログを開設しています。「鬼藤千春の小説・短歌」で検索できます。一度訪問してみて下さい。よろしくお願い致します。

Re: こんにちは
抹茶左右衛門
ご訪問ありがとうございます。ときどきお邪魔しますね!

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ブログの更新回数が劇的に減ってしまったのはわたしのライフスタイルが以前と大幅に変わってしまい、細切れの仕事をいくつかと、夜勤の時間帯も含むため在宅時はまちまちな時間に仮眠をとったりすること、あとは剣道の稽古を続けていることがあった。

2年前、ニャーゴ(娘・高校生)が中学校の部活で剣道部に入り、子どものころから独身時代までやっていた剣道を15年ぶりに再開してみようかなと竹刀をにぎったことから剣道の世界が開かれた。

若いころ、強豪選手でなかったことも幸いし、ゆっくり楽しもうと思った中で大きな目標にしていた剣道四段への昇段が今回4回目の挑戦で叶った。男性二人と立ち合った(試合形式で1分ほど)が、お二人とも何度目かの挑戦だったそうだ。

剣道は高齢者が多いイメージであるが、四段以上の審査は圧倒的に若い人の方が合格率がよく、ブランク組には苦労する第一関門となる。

剣道には交剣知愛(こうけんちあい:剣を交えて"おしむ"を知る)という言葉があるが、まさにこの2年間は指導してくださった先生方や先輩、励まし合う仲間に助けられて稽古を続けてこられたことに感謝感謝。

この2年間で358回の稽古をしてきて、一回一回の稽古が血肉となってきたと思っている。上手な人やかつて鳴らした人と稽古するとまったく通用しないこともあり、いつまでたっても上達しないことを思い知る日もあるけど、自分の力を少しでも向上させることは苦しくも他では得られない喜びでもある。

不合格のあといろいろ考えながら稽古を積めたことも決してなくなるわけではなく、この後に必ず貯金となって生きてくると剣友会の先生からもお言葉をいただいた。

次回は4年後に五段受審の資格ができるのでそれまで健康に気を付けて稽古を積む!


審査の立ち合いでは・・男性相手に合い面に行かず返し胴、出小手など応じ技をしなさいとも言われたが、面をしっかり打ちたかった。というか面しか打てない。
2人目の最後に攻めてから返し胴をしたのでまあ、そこは許して。

【2015/08/12 20:56】 | 剣道
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 今年の梅雨は千葉では雨が多くかなりぐずぐずした天気が続いたが、梅雨が明けたら酷暑が続き雨が全く降らず、夜になっても気温が下がらない、冷房を利用しなければ耐えられないような暑い日が続いた。かたや北関東などでは突然の集中豪雨など、毎年同じことを言っているようだが年々気候が激烈になっているように思える。

昨日、九州電力川内(せんだい)原発1号機が新基準で初の再稼働となった。
火山活動、地震も活発な日本列島では天災による事故の想定も十分行うことは不可能であるし、避難計画もあいまいなままである。
経済優先で変わっていかないこの国の体質。

3年ほど稼働していなかった間に川内原発周辺では、サメやウミガメの死骸が減り、磯焼けで消滅していた海藻が岩に復活し始めていたそうだ。
原発の温排水で周囲の海水温を平均7℃も上昇させれば生態系の変化は免れない。
温排水とともに排出される放射能による汚染と取水口から海水が取り入れられる際に大量の魚の子どもや卵が混ざっていて死滅してしまうことで生態系を壊してしまう。
さらに川内原発は日本のほかの原発にはない大河川(川内川)の河口に位置する立地のため川から生まれ育つ稚魚や魚に大きな悪影響を与えている。

長期的に子孫に残せる道を探らないことが不思議だ。という気持ちをずっと持ち続けたい。

この暑さの中も安保法制の成立に向けて粛々と進む安倍政権。安倍ちゃんも戦争が起こらないためにと言っていて、戦争に巻き込まれることは絶対ないとか言っているが、「絶対」なんて断言できるのか?全知全能の神なのか?
戦争に参加できるようになることでテロにも狙われやすくなり。

この間、アメリカが行ってきた戦争の非人道的なことはよく知られているではないか。同盟国なのだから血を流して共に戦おうなど頭がおかしいよね。憲法無視する政権とか、独裁国家だしね。
話題になっていた【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた


本選びの会で読んだ本
9784309246703[1]
熱狂なきファシズム 想田和弘著 河出書房新社刊

関係ない、考えないで“ゆでガエル”にならないように。
無関心は最悪。
ワーワー騒ぎましょう。

【2015/08/12 20:06】 | くらし
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今日は祝日で昼間の仕事がお休み&公休日で夜勤もお休み。わーいわーい。

昨日の夜仕事で帰宅してから3時半に寝て、6時に起き部活に行くニャーゴ(娘)の弁当を作って(時間がなかったとかで食べてなかった休日の気楽さで二度寝してたらぼん(息子)と旦那でゴミを出しに行ってくれてたありがたい。

午後から出身高校の剣道部のOB稽古会があるとかで、剣道を15年のブランク後に再開してからずっと行きたかったので行ってみた。今はSNSでそういった情報も取れるので便利だわ。

県立高校はお金がないのでわたしたちが現役だったころに張り替えた床はぼろぼろになっていて板目が飛び出てあちこちガムテープで補強してあり部室棟も老朽化が激しかった。
本校舎は建て替え工事をしていたが剣道場までは予算がないらしい。

現役の子たちは自分の娘の年頃。若手のOBや剣友会の人たちがたくさん来ている中、わたしが1年の時に3年だった先輩と、当時よく稽古に来た先輩がお子さんを連れてこられていた。
25年以上の時を経てまた稽古をつけて頂けるとは、剣道と出会った幸せだろう。
強く美しく正しい剣道を長く続けるのが夢(どうしても右手打ちになってしまったりする)。

高校生も稽古頑張ってて、ニャーゴと同じく今日は3校で錬成稽古会だった。
母校は午前中に錬成稽古→午後のOB稽古会だったそう。高校生はハードだね。

夜勤と昼間の仕事も増えたことがあって、週4回目標の稽古回数は以前に比べて減ってしまっている。
週4回できる時もあるが、2回の時もあり、以前のように5回も6回もできないけど一回一回集中してやっていこう。
故障せず、疲れが溜まりすぎずコンディショニングしながらできる回数は週4回が妥当だと思った。

きっと上達できると信じて稽古を積まなくては。





さて、もう気づけばゴールデンウィーク。

今年の前半は子供×2の卒入学と高校入試が重なって多忙だった。
しかしそれは自分の役割を果たせる時期でもあり・・

P1180605_convert_20150504215137.jpg
ぼんが年度末に捨てた資料集の歴史人物シール。
ぼん曰く「めっちゃ頑張った人たち。」

最近本選びの会で読んだ「認知症になった私が伝えたいこと 佐藤雅彦著」の中の引用で神谷恵美子さんの言葉を読んだ。
『人間の存在意義はその利用価値や有用性によるものではない。野に咲く花のように、ただ無償に存在している人も大きな立場からみたら存在理由があるにちがいない。』
歴史に名を残さず、取り立てて有用性があるとも思えない人生を送る。しかし大きな立場からみたら存在理由があると思って毎日生きるしかない。

忙しくしていると深く考えないでいい。


~年度末年度初め振り返り~

・1、2月はニャーゴ(娘)の高校入試・ぼん(息子)の卒業対策委員をしていたのでその行事や会計が忙しかった。1、2月はニャーゴの受験のサポート。私立受験の3日前にわたしが感染性胃腸炎のようになってしまい手袋にキッチンばさみとトングの遠隔調理で必要以上に煮込んだものを作り、ドアノブや蛇口は次亜塩素酸の液で拭き拭きして何とか家族にはうつらずよかった。努力が実を結んで志望校に合格出来て本当によかった。

・3月は夜勤(22-2時×週4)の仕事がないのですこし時間に余裕があるかと思ったら、他の仕事が年度末繁忙期で増量していて、ニャーゴの中学校・ぼん(息子)小学校の卒業式や進学の準備、会計を3つ担っていたので年度末の決算報告を作成したり。

・4月は子どもは二人とも新しい学校に、わたしは塾の仕事も新年度になり夜勤が再開。
幼稚園や小学校ほど袋の作り物などの準備がなかったが、体操着に名前を縫い付けたり、アレルギーの面談や新年度恒例書類の嵐が数日。
桜が散りかけている中雪が降ったり、入学からしばらくは寒気の南下の影響で寒い雨降りの日が続いた。

やっと暖かくなったかなと思ったら、もう暑さでやられそう。
とにかくこまめなコンディショニング、そして節制で下半期こそは本気出す出す詐欺。

<2月のとある2週間>
 
本選びの会の本の評価表を書く
午後の塾の仕事の授業・教材の準備
塾の仕事
 
剣道の稽古
塾の仕事
 
剣道の稽古
市役所に手続き
家事の間にリビング新聞の折込み
仕分けの夜勤

本選びの会部会会議
 
リビング新聞配布
卒業対策委員会打ち合わせ
仕分けの夜勤
 
剣道の稽古
仕分けの夜勤 
 
級審査を受ける剣友会の子どもたちのお世話係
仕分けの夜勤

小学校親子活動前日準備
塾の仕事

親子活動
 
ニャーゴ高校入試前日在宅日 家事&面接の練習など
 
ニャーゴ高校入試①(学科)
生活クラブ生協の自生GM(遺伝子組み換え)ナタネ調査活動報告会
 
ニャーゴ高校入試②(面接)
剣道の稽古
ぼんの中学校説明会
仕分けの夜勤

剣道の稽古×2回  
仕分けの夜勤  

仕分けの夜勤  

<3月のとある2週間>(夜勤なし)
  
ファミリーサポート
塾の仕事
  
ファミリーサポート
塾の仕事

ニャーゴの中学校卒業式
式の最後の全校合唱「大地讃頌」の伴奏を弾く。ピアノがそれほど得意なわけではないと自認するニャーゴに先生が勧めてくれて受験後の短期間の練習ではあまりうまく弾けなかったが当日は弾ききった。努力を重ねてきた中学時代を最後に象徴するような一幕で親バカでもあるが本当に中学校ではよく頑張ったと思う。
リビング新聞の折り込み

リビング新聞配布
ニャーゴの学費等引き落とし先の銀行の手続き
確定申告提出
ぼん(息子)の制服(お直し)受け取り
卒業対策委員会会計作業

小学校にて集金作業手伝い
剣道の稽古
卒業対策委員会
塾の仕事
剣友会会計報告最終確認&作成
 
剣道の稽古×2回
剣友会会計監査
 
スキーの準備
高校の提出書類書きをニャーゴと
 
塾の仕事(この日は10時~17時)
卒業対策委員会会計報告作成
 
剣道の稽古
塾の仕事
 
ぼんの小学校卒業式
ぼんの卒業食事会
ニャーゴの高校教科書購入
リビング新聞折り込み
 
リビング新聞配布
買って早々に落として壊したニャーゴのiphoneの修理の付き合い
塾の仕事

剣道の稽古
塾の仕事
金曜日のこの教室は今年度限り担当なので最後

剣道の試合
10人程度の小さな部門だったが、何と優勝して高級ブランド米5㌔の副賞をいただく。
パンツのゴムが切れてとにかく急いで試合をしたかったのでいつになくスピーディーな展開・・・
危なかった・・

旦那の実家の両親と妹家族と入学祝の会食
 
午前中はまとめて不在票が入っていた荷物の受け取り(ぼんの進研ゼミの教材や会社の資料など)
ぼんの謝恩会



ずっとこんな感じで手帳の色分けも
昼間の隙間時間にガッツリ布団で寝ます。

明日のことを思えばちょっと怯む気持ちにもなる終わりなき日常・・しかしやがて終わっていく様々なことをマーブル模様のままなぎ倒して数年たてばまとまった過去の記憶になる。大切な人を愛して生きたらそれでよいのでは。

わたしは年老いて醜くなったり体が弱ってきつつあるが、さらなる知恵を思慮深さと忍耐力を身につけ、賢く強く優しくなると思っておこう。その思いはわたしの内側だけで輝き、わたしを支える光でありさえすればいいと思えるようになった。
わかってもらおうと思ったら負け。

【2015/05/05 19:50】 | 心もよう
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この前のエントリーは1月の「今年も頑張ろう!」だったことから思うと日々もうあっという間に4月も終わる時期になった。
PC作業の合間にいろいろ書き留めていた頃はまめに更新していたが最近はほとんど開かなくなってしまった。

今年の春はぼん(息子)の小学校卒業→中学校入学&ニャーゴ(娘)の中学校卒業→高校入学と重なった。
新たなステージに踏み出す我が子の姿に心強くなるとともに担当している塾の仕事でも卒業していく子どもたちの成長を感じる事が出来て幸せもう今が人生で一番幸せかも・・これは心もようのカテゴリであらためて書きたい。
幼稚園や小学校ほど袋の作り物などの準備はないものの体操着に名前を縫い付けたり、アレルギーの面談や新年度恒例書類の嵐が過ぎた。たった二人分なのに・・・

今年の入学式は雨でかなりの冷え込み、その後最近まで数週間天気が悪く寒かった。
4月なのに雪まで降って散りかけの桜on雪という珍しい春だった。




昨日は今年中学校に入学したぼん(息子)の最初の参観&保護者会だった。

中学生の授業参観がどの程度必要性があるのかはわからないけどクラスの雰囲気を見られたらね~と同級生のお母さんが言っていた。
学区のA中学校は徒歩30分くらいかかる上に近隣のマンション群の建築ラッシュで満杯のため近隣の中学を選んで進学できる措置が取られていてぼんは今年高校生になったニャーゴが通った徒歩12分の最寄のB中学校ではなく、小学校から一緒に上がるメンバーで希望したC中学校に通うことになった。学区の中学校がもともと遠いということがあって1クラスの6年生が公立に進学する子も6つの学校に、私立に行く子も数人とかなり別れていった。

C中学校は隣の学区の端で片道35分くらいかかるので春休みに毎日ウォーキングで脚力をつける目的もあって、ほとんど毎日ぼんと二人で歩いていたけど部活が始まって重い荷物を背負って朝練、放課後の練習とまず体力的にキツそうだ。保護者会で玄関で寝てしまうケースもありますが・・と聞いたけど中学時代のわたしはまさにそれでよく金縛りに遭っていた。今でも切れ切れによく寝ている。ぼんは体力があるからあまり寝てしまうということはないがそれでも帰宅後は疲れた!を連発している。

大学や高校がいくつかある文教地区の閑静な住宅街にあるC中学校はニャーゴが通った繁華街の近くで歴代やんちゃなカラーが強かった(思い込みに過ぎないのだが)B中学校とはまた雰囲気が違う。B中学校の子どもたちかわいかった。ニャーゴが学校の様子やお友達の事をよく話してくれて、身近に感じていたこともあり、剣道部の稽古や3年次は委員の活動もしていたので入学時に引っ越してきた割には把握している。
後で書くけど今はLINEなどSNSでつながっているということもあって、高校が違っても遠くに行った気がしない。

高校受験~中学卒業
・夏に剣道部を引退し、1か月近く燃え尽きてたニャーゴは数学と英語の個別の塾に通い始めて、毎日毎日閉館になるまで塾の自習室で勉強をした。
始めはおにぎりを持たせていたが喉を通らないからいらないというので今度はパックのフルーツ&野菜ジュースを持たせていたけど1月にはついにはそれも飲まなくなった。
遊びに行かず、テレビも見ず、お菓子も食べず、夏休みにはE判定だった志望校に初志貫徹で合格した。
もともと授業や生徒会などの活動はしっかりやっていて内申点を伸ばしていたことはよかったが、問題を解くことや受験のための対策は秋から本格的に始めて集中力がすごかった。

塾の教材と進研ゼミや問題集などをすべて重ねると背丈すれすれになるくらいの分量を勉強したのはすごかった。
昨日のぼんの保護者会で家庭での学習時間の目安は学年×1時間と言っていたけど最後に全部まとめてやった。
我が子ながらすごい頑張りようで、見守るのも覚悟が必要だった・・

発表までの1週間は長くて、自己採点では大丈夫じゃないかな?と思っていたけどドキドキした。
前日の夜中に夜勤だったわたしはだんだんドキドキしてきてあんなにドキドキしたことは最近ないかも・・。

発表の日はリビング新聞の配布をしていて携帯のメールに知らせが来て半分配って戻り二人で制服を作りに行ってデパートで食事をしてまたリビングの配布に行き、年度内最後の中学校のPTA理事会が終わってあっけない感じで中学校の委員の役割も終わったのだった。

ずっと通いたかった特色科なのでやりたい勉強もできて(実際かなりの課題量)、部活にも入り充実した毎日を送れているようだ。

・併願(今はすべり止めとは言わない)で合格していた私立の高校だったら入学金からして31万円(合格した時点でまだ公立の試験が終わっていないので延納金として2万円を先に振り込む。公立合格なら2万円は戻ってこない・公立不合格で入学する場合は29万円を即日振り込むというシステム)。公立は5,650円。
授業料は月額私立は24,000円、諸費用入れる約40,000円、公立は9900円、諸費用入れると約20,000円(海外語学研修の費用が少し割高)税金で賄っているニャーゴの学校が経営厳しいというのも私立と費用を比べるとわかる。

他に制服が約6万、体操着上履きが約2万、教科書が約1万、電車とバスの定期代が年間67,000円。就学支援金という補助が出たとしてもそれは授業料が免除で制服やら定期代などはかかるので高校進学も意外とお金がかかる。

自分が高校生、大学生の頃はありがたいなと思っても親の大変さの実際までは思い至らなかったんだなと痛感する。
お父さん、お母さんありがとう。

・卒業式間近にずっと連絡用にだけで持たせていたPHSからスマホに変えた。旦那からは貸与ということで(費用は親が払う)、いくつかのことを話し合って約束した。
今はネットがらみの問題もたくさんあって、日々を台無しにしてしまう事態も容易に起こりうる。

では、持たせないほうがいいかというと今は現実的ではないんだろう。親はガラケーなのだが、子供は最先端の端末を持っている。
しかし、ニャーゴが言うには受験勉強の時にLINEやってなくてよかったとのこと。頻繁に連絡が来て集中できないから。

冬に中学1年生の男の子が年上のグループに暴行を受けて惨殺されてしまった痛ましい事件があったが、LINEがなかったら夜中に呼び出されたりしなかったかもしれない。ツールの問題ではなくて運用問題だ(包丁は日常必要なものだが人を殺せる)ともいうが、SNSは厄介。
昔だったら卒業したり別れればそれまでの人間関係も自分のアカウントを削除しない限りSNSでずっとつながっている。
怖いことかもしれない。今の子たちをうらやましく思う部分もあるが、SNSは自分の時はなくてよかったな。自分の青春時代を思えば、SNSでより孤独を感じてしまいそうだ。

3年前に転居してきた以前の小学校時代の友達ともLINEなどでやり取りをしているようでそれも以前は考えられなかったこと。ツールによって人間関係の結び方も変わっていって、親世代にはにはかなり難問もあり悩ましい。
LINEのような閉じたやり取りの中で子どもたちがどんな状態にあるかわからないから。

ぼんの懇談会で子どもの些細な変化に対して感じ取れるようにという言葉があったけど(学校だったら給食を食べなくなったとか、出席の呼名の時に声が小さくなったとか)、親としても子どもの変化をしっかり感じ取ったりとらえることが大事だと思った。どうか、無事に大人になってほしいと見守っている様子がウザいかもしれないが。

大きくなれば手が離れて昼間の時間もできて仕事やほかのことをしやすくなるけど、受験のこと、予備校通いなら送迎、予備校の保護者説明会、部活の練習着や用具の選択や繕い、お弁当などに加えて話したいときにきちんと聞いてあげることなどサポートは決して減っていくわけではないように思う。

とにかく話を聞いて飯を食わす。
そして学費を捻出する。
ここから最後の峠に差し掛かる。

【2015/04/26 19:53】 | こども
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年末年始とにかく色んな物が壊れて買い替えたり修理したり・・
年末にプリンタが壊れ・・年賀状が印刷できませんでした・・

今までDJ&糠漬けのような動作で何とか脱水出来てた洗濯機とガスコンロを買い替えて快適だわ~おほほほほ~!!
もう何か月もいちいち脱水で止まるので洗濯にえらい時間取られて辛かったわ~。
ニャーゴ(娘)の冬期講習と今後の入学に向けての費用とぼん(息子)の中学の制服と、出費だわ~おほほほほ~!!

年末年始も予定通りにハーフ夜勤の仕事があって、大晦日にガツガツ台所や水回りなど掃除してお雑煮の汁と煮物を作って紅白の途中に出かけて、元日はおせちの用意をして起きたり寝たりして腰および背中の筋肉が損傷したんじゃないかというほど寝ていたYO!

お正月明けの夜勤はちょっと時給に+αだった。大晦日に+250円、元日・二日は+500円。そして暇だったのでいつものメール便ではなく宅急便の仕分けにもちょっと入った。ゴルフバックや小さめの家具?とかみかん箱とかがいっぱい流れてきて焦った。

今週からぼちぼち、剣道の稽古と塾の仕事やその他の予定が入ってきて、ニャーゴ(娘)の入試も近づいてくる。
ぼん(息子)の中学の制服を作りに行ったり、子どもたちも大きくなってますます可愛く楽しみいっぱい。
出費がかさみ、一般庶民の経済も厳しい展望の今年は今まで最長3か月しかできなかった家計簿をつけてこの局面を乗り切らなければ。

昨年は剣道の昇段がかなわなかったので、今年も引き続き目標を持って稽古に励む!
四段昇段、そして年間稽古目標数は200回

昨年の年間目標稽古数200回で実際には168回/試合2回/審査2回/剣友会の手伝いなど2回
稽古ができない日は素振りや安全に稽古をするために筋トレを行う計画を立ててちょっとずつ始めたところ。

短時間と期間限定の仕事を4つ掛け持ちしているので合間に稽古の時間を捻出できているけどハーフ夜勤の仕事を始めてからはちょっと稽古数が鈍った。
「剣道は面数」と言われていて、稽古を重ねることが一番大事なこと(もちろん内容も大事)。
今わたしは基本を中心とした一回2時間以内の稽古を週に4回程度しているので200回は不可能ではなくて、また集中して内容を充実させた稽古を積むにはちょっと高めでよい目標だと思う。

去年書いたり書かなかったりだった稽古日誌をつけようと今年も手帳を用意した。
稽古の中で教わったことや気づきのちょっとしたメモを残していくことでその後の展開の手掛かりにもなる。

稽古手帳



剣道以外の仕事など
<2014年のデータと2015年の展望>

塾の仕事              107回/研修2回
塾の仕事は現在の週6コマ担当から4月に7コマ担当になる予定。

倉庫の軽作業(~4月上旬)   11回

仕分けのハーフ夜勤(4月末~)125回
考えた結果パートではなく日雇派遣の契約を結んでいるので年に2か月働かない月がある。2014も週4回ペース×10か月で継続。

ファミリーサポート&託児ケア   23回/研修など3回
ファミリーサポートは2015年度いっぱいが今預かっているお子さんの在園期間なので継続。託児ケアは午前中の依頼が多く、今はあまり行けていないけど継続。

リビング新聞配布(7月~)     17回
リビング新聞のことを今まで書いてなかった。いちいち詳しく書きます。

4月に日雇の軽作業のバイトをやめようと思って、面接に行ったバイトが決まらなかったりした時、自宅に入っていたリビング新聞を見て電話をしたら近所に空きがないから待っててと言われて(ここまで書いた)忘れていたら3か月後に空きが出たとのことでどうですか?と掛かってきたので時間が空いたら寝ちゃうのでそれならやってみてもいいかなと始めた。

流れは
毎週月曜日に今週配布の内容のFAXが届く
→毎週水曜日にチラシと新聞が届く
→チラシを新聞に挟む作業
→木・金の日没までに担当地域に配る
→配布後FAX報告。
4週間に一回くらいと夏休みなどは休刊があり、報酬はわたしの500部の地域で月に大体15000円(チラシと新聞のページ数と戸建・集合で単価が決まっていて12000円~19000円の間)

4時間の夜勤の仕事は週4回で一回4200円だけど、これを週5回にすると剣道の稽古や普段の生活に差し支えるので、リビング新聞でその分増やせたと考える。
コマ数に限定がある塾の仕事を辞めてフルタイムの仕事を始めればスッキリするのだけど、好きな塾の仕事を続けて剣道もできて、週に2回程度は子供が帰ってくる時間に在宅出来ているというのが今はありがたい。

木曜日には子供たちの学校の当番や委員会や通院などが入ることが多く、9時~17時までの仕事だと出るか欠かになってしまうけど、リビング新聞だと3時間半くらいを分けていったん学校に行ってからまた配布に行けるというのはとても好都合。

新聞と言っても広告の媒体なので迷惑なお宅もあると思うので断られたところには入れないようにしている。
わたしが配布しているのは隣町でこのあたりでは閑静で落ち着いたお年寄りも多い地域で毎週行くと楽しみにしていてくれる方もぽつぽついらして励みになる。
ラジオを聞きながら自転車で回る道も効率がよくなってきて最初5時間近くかかっていたのが今は3時間半くらいで配布出来るようになって思っていたよりも楽しみになっている。超芸術トマソンを見つけたり、猫が多くて癒されたり。
配ってる間に急な冷たい雨が横なぐりになってきたりするとちょっと心が折れるけどそれくらい。木曜に配布しきれなかったら金曜の夜明け時間に行くこともあって朝日を拝むこともできるのもよい(普段は夜型なので)。


本選びの会会議 11回
「生活クラブ生協」の事業の一環で共同購入のカタログに載せる本を読んで紹介する活動で2年間の任期を3期までできる。1期目がもうすぐ終わる。
4月に異動になって担当部会が「くらし」から「現代社会」になる予定。2年間主にダイエット・健康・レシピ本を読んで来て、色んな知識も身についた(出来てないこともたくさんあります)し、メンバーと月一で逢うのが楽しみだった。
books_22[1]
こんな感じ 本選びの会HPより
現代社会は念願の部会で今までよりも深く本を読んでいかないといけないので心して・・図書館に2週に一回通うことも予定に入れていく。

学習会参加 4回
生活クラブの組合員活動の委員長や理事をしていた頃、環境・原発・農・水産・食・政治・平和その他たくさんの学びの機会があって実際の活動を通じて運動を広げることをしていた。それが今はほとんど出来ていないことは残念!
心の炎は長く燃やしていかないとね。

ぼんの小学校委員会4回
ニャーゴの中学校理事会など6回
ぼん・ニャーゴの試合の応援・面談・定期的な通院など52回
委員会があったり、今年は受験生の面談も多かった。春から中学生と高校生。お弁当作りが始まります。


この頃写真を撮ることもなくなって殺風景な記事ばかりになってしまっている。
写真はすごい寒い!と思った日帰ってきたら車の外気温計がマイナス1℃だった時。
計器
まあ、千葉はあったかいよね。

2時半ごろ帰ってきてちょっと飲んで、ちょっとつまんで・・というのが習慣になってしまってまた太ってきてしまった。
去年と比べると体重にして+1キロくらい。されど1キロなので健康のためにも帰宅後の飲み食いでリセットはやめよう。
逆流性食道炎も一時運動で身体を絞ってよくなったのにまた辛くなってきた。
知識はあっても実行しないとね・・。
増えた分1キロを含めて-3キロくらいを目標にする。

家族を大事に健康第一で!!
パリエット(胃酸抑える薬)飲んで寝よーっと。

【2015/01/06 23:52】 | くらし
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トト
初めまして!
某生協のお世話役をやっております。
(有償ボランティア)ですが、壁にぶち当たり、
スタッフ間の温度差
ネットサーフィンをしていて行き着きました。
またお邪魔します。

トトさん
抹茶左右衛門
こんにちは。コメントありがとうございます。生活クラブの委員長について書いた日の日記http://peace1238.blog101.fc2.com/blog-entry-214.htmlはもう7年くらい前のものになりますが、未だにぽつぽつアクセスがあり、わたしのブログにしては珍しく30拍手にもなりました。
自分以外の人でこんな人いるのかな~と悩んで温度差に悩むというのは活動を担っていると日々感じることでした。
次の担い手にバトンを渡すという気持ちで関わって今は活動に携われていませんが、余裕が出来たらまた関わりたいなと思っています。

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今年の漢字は個人的には「忙」2文字だったら「忙殺」という人は多いと思う。忙しいすなわち花の時とも。
増税などで負担が増えて(何とか仕事をつないで)命がけで子育てできる今は花の時かもしれない。

昨日選挙があって予測通り自民・公明の圧勝だった。投票率は50%そこそこでかなり低かった。
ちょっと元気なのは公明と共産で、自民のストッパーとして働くといいなと淡い期待を持ちつつ(まあ厳しいよね)、ここからは厳しい時代が続いていくことを覚悟しないといけないと思った。

自分の意見はきちんと言うこと。
人のつながりを少しずつ集めて行って大きなうねりを起こせるようにすること。
変わらずこの視点を持っていくこと。
だけどヘイトスピーチ軍団は心底むかつく

昇段審査の日に大きな声を出して声がガラガラ&左手と左足の故障で2,3日おとなしくして仕事はしていたが、「これは風邪かも・・悪化するかも・・」と思った時から急に体調を崩して仕事と家事以外は寝ている時間が多かった。
今日もまだちょっとすぐれないけど午後からの大事な仕事に備えて仮眠を取ったら少し良くなった。昇段審査の前日にお休みをとった分、先週・今週は夜勤が週5になってしまい剣道の稽古に充てる体力がないので珍しく一週間以上休んでいる。

毎年この時期に「疲れが出る」というように発熱する。
年末恒例スパーク&フィーバー!!!
熱を出して解熱すると体と心のこわばりがほぐれていくような感覚がある。たまには寝込むことも必要。ただし低収入でパートタイマーですらないわたしは有給休暇もなくよほどでないと休めないが。

熱にうなされてうつらうつらしていると様々なイメージや記憶が浮かんでは消えていく。悲しかったり寂しい記憶が多いように思うけど、わたしがネガティブであるということではなくて、自己愛がないと生きていけない心の構造によるものだと思う。普段は封印されているけど傷ついた辛い記憶は刻み込まれて蓄積されている。そういうものだと立ち入らず、また元気になったら頑張ろう。

10月のニャーゴ(娘)の学校の合唱コンクールのDVDが出来て見ていた。ニャーゴがピアノの伴奏をしていたこの曲は卒業でも歌われる曲だそうだ。期せずしてクラス合唱が最優秀賞をとって、ニャーゴのクラスの子どもたちにとっても思い出深い曲になっただろう。青春の頃の光と影と嵐のような激しさに、苦しみもがくこともあるだろう。
希望の光を見つけて歩いていけるよう、わたしは遠くから大人として出来ることをしていこう。


あなたへ│旅立ちに寄せるメッセージ~時の女神より~


近所の幼稚園児を預かるファミリーサポートの日に手をつないで歩いていたら床屋のおじさんに「孫かと思ったよ」と言われたが冗談としては微妙に真に迫っていた床屋のオヤジ正直。
そんなお年頃。

もともと狭く深くという考え方で生きてきたのだが、これからは更に限られた時間、限られたことをやっていく。
役にたゝぬ事をせざる事(宮本武蔵)
そう思うとき心がより自由になるように感じる。

【2014/12/15 20:53】 | 心もよう
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この週末は急に冷え込んできて暖房をつけない室内は9℃と表示が出る。
札幌の天気予報など見ていると9℃など大したことがないように思えるけど寒いわ・・・。
9℃って寒いねとぼん(息子)に言ったら、「9℃をなめたらだめだよ、めっちゃ寒いよ」と珍しく母の雑談に乗ってきた。一度実感したらしい。
体温が36℃だしね、9℃は低いよね。


以下剣道ネタ~~
さて、こんな冷え込んだ週末土曜日にわたしは今回3回目の剣道四段昇段審査を受けてきた。
結果はまた不合格。立ち合いという試合形式の実技を1分×2人行うのだが、対戦した男性2人は合格していた。
一体何人の男を受からせればわたしが受かるのか!!

こんなに何回も不合格になると上達の見込みもなく失格とされたと思って悲観しがちだが(実際悲観した)確実に内容がよくなっているという確信があるのであともう少しでも決定的な何かをつかめればかなり近づいてくると思った。

合格した人を見ても(本当に失礼なんだけど)どこから見ても素晴らしい運びで、不合格の人より数段すぐれているわけでもなく、合否の大きな隔たりは何が要因かはっきり知らされないこともあって余計に気持ちを萎えさせる。


今日日曜日はふくらはぎは肉離れで声はガラガラ、合格したらなんてことはないのだけど不合格とは余計に情けない。
朝から今度は初段~三段の審査があり、三段審査に臨む剣友(見事合格!)の付き人をしに会場に行くと、ニャーゴ(娘・中3)の現役時代あちこちの試合や錬成会で出会った強豪他校の子たちがやっと時間が出来たのか二段審査を受けに来ていた。

いつも素晴らしい飛び込み面を打つ子が不合格で廊下で泣いていた。
「もうやりたくない」って気持ちおばさんもわかるよ~と肩をたたきたい気持ちだった。昇段審査に落ちたことがある人はきっと同じ気持ちになるものだと思う。
頑張れ、次はきっと合格できる!と他の人になら言えるのに自分のこととなるともう上達しないのでは、一生受からないのではと思ってしまうが、何事もセオリーとテクニックがあるものであると思った。

例えば四段審査において三段までと違うのは応じ技や攻めて相手を崩しで攻め勝って打つという点であるが、、「攻め」という主観と客観が著しく食い違うもの(自分では精一杯攻めているつもりでも先生方から見ると攻めがないそうである。攻めが弱いのではなく「ない」と何度も言われてきた)についてはどうやったら攻めているように相手に響くかを稽古の中で常に考えて積み上げていくしかない。


昨日の審査で五段に合格した女性の方に会って話したら応じ技の稽古を相当積んだとのことでここにもヒントがある。
実力はかなりわたしより上位の方ではあるが、彼女をして男性と対戦するには相当応じ技を修練したとのことで、稽古の際には毎回目的を持って技を出してこれも積み上げるしかない。

毎回男性相手にガチで合い面に行ってヒットしても当たり負けをしているように見えるということを指摘され、応じ技や体さばきを会得しないと合格はないと思った。

たまに一本取れるのに!わたしが先に届いてるのに!って思ってもそれは見る人がわからないんじゃだめだ。

そんなにこじれないでさくっと受かっている人がいる中わたしみたいに何度も落ちるってことは「才能ないし無駄だからやめてまえ」って言われているみたいに受け止める自分の心が問題なんだよな~。

ああ・・でも今はもう受かる気がしない。
まあそれでもいいか、人間だもの。



【2014/12/07 19:47】 | 剣道
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がんばっていますね
まけないぞう
「合否の大きな隔たりは何が要因かはっきり知らされない」これは本当につらい・・・・・
何度も経験されて身も心も 磨かれるんですね
応援しております。 仕事に慣れて5kgもリバウンドしたぞうより

Re: がんばっていますね
抹茶左右衛門
まけないぞうさん
ありがとうございます。わたしは合否のライン上にいたわけではないと思いますが、ちょっとわからない部分もあります。文句なくこの方は素晴らしいという方もいらっしゃいました。
がっかりしたからでもないと思いますが、審査後風邪が悪化してしまいしばらく剣道はお休みしています。
また復活して少しずつ上達したいと思います。v-221

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長野・岐阜の県境の御嶽山が噴火して多数の登山客が亡くなったり行方が分からなくなっている。微妙な予兆はあったようだが、噴火の予測はできなかったらしい。

自然の力は恐ろしく強大でその中で何とか生きていくしかない。
火山・地震の巣窟・台風の通り道である日本列島に生きるわたしたちは人災をいかに食い止めるかということに力を注ぎつつ付き合っていかなくてはならない。

政治的な力による原発(火山灰との相性は極めて悪く、降灰が及ぶ範囲内の原発は不具合を避けられないと思います)再稼働、六ヶ所村核燃料再処理施設、八ッ場ダムに代表されるような永年の大型公共事業、最近だとリニアモーターカーなど取り返しがつかない事業を延々と推し進めて行く先も地獄、戻るも地獄の袋小路(とは当事者の人たちは全く思ってないけど)に陥っている。




今年の夏は猛暑・酷暑だったものの、お盆明けには涼しくなって秋が長い。例年秋が短く暑い季節が終わったらすぐ冬が来ていたようだったが、秋の爽やかさの恩恵にあずかる時期が長くありがたい。

7月の後半から週に唯一仕事がなかった曜日にも数時間の仕事が入って通常進行だと一週間のうちに仕事に出ない日はなくなった。
その代り仕事は3種類、一日に3~5時間のものを午後と深夜の時間帯に入れているため、保育の有償ボランティアや週に4回程度の剣道の稽古や家事の時間をとりやすい。

今日は午後の塾の仕事が休みだったので数週間ぶりに仕事がない日だった。
午前中に剣道の稽古、午後は家事をと思っていたけど昨日ハーフ夜勤の仕事があって疲れたのか気が緩んだのか二度寝して起きたらなんと午後3時だった

世の中は動いていて、わたしは繭の中で飲まず食わずお金がかからないからいいじゃんとも思うがただ役に立ちもしなくてしょうがないなとも思った。

先週は昼間ちょっとづつ取る仮眠の時間が取れなくて疲れが蓄積していることもあったかもしれない。
不規則な暮らしをしているほど日々の節制がモノを言う。
深夜帰宅してお酒を飲んだり小腹が減って何かを食べたり、睡眠不足をこまめに解消しておかなかったりするとあとできっちりツケを払うことになる。

ハーフ夜勤の日の帰宅は2時半ごろになるが、近くで近日オープンの飲食店は準備をしているらしく明かりがともった店内に人影があり、新聞配達のバイクも毎回この時間に行きあう。
深夜働く人々は睡眠時間をどうやって工夫しているのか知りたい。

明後日から10月。金木犀が咲いて街中のあちこちで匂いがする。市街地でも雲が少ない深夜は星がよく見えてWの形のカシオペア座からペルセウス、アンドロメダ、ペガススと秋の星座をたどれる。もうすぐオリオンが現れるころ。
剣道の年間稽古目標数は200だけど今の時点で125回なので目標達成は難しそう。
お正月当初に比べて既存の仕事を増やしたり、新たに2つ(一つは週4回のハーフ夜勤)仕事を増やしたことで剣道に行ける回数は減ってしまったけど一回一回を大切に、効果を上げるためには日々の節制を心がけていこう。





今週のおすすめ本!
戦争するってどんなこと? C・ダグラス・ラミス著 平凡社刊(2014.7.14初版/1400円+税)
178207[1]


著者は元駐沖縄の海兵隊員でその後津田塾大学や沖縄国際大学で教えていた方で著書多数。インタビューからの書き起こしによる本。

戦争するって実際にはどんなことなのかなぜなくならないのか、なぜ沖縄なしに今の日本の在り方が成り立たないのか・・。

絶望せず、あきらめず、自分の心(良心・信念)をどう貫いていくか、この秋にまたじっくりと考えていきたい。

ぼん(息子)が好きな曲


願い ケツメイシ

【2014/09/29 21:30】 | くらし
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千葉は小中学校の夏休みが8月31日までたっぷりあって昨日からまた学校が始まった。
最後の方は子供たちも飽きてきて早く学校が始まらないかなと言っていた。
酷暑から急転一気に気温が下がったが、千葉の小中学校は冷房がなく、昨今の猛烈な暑さでは勉強どころではないだろう。

急に気温が下がって調子を崩したぼん(息子)は今日は熱を出して学校を休んでいる。今日は午後ちょっと仕事に行くが、午前中は剣道の稽古をお休みして夏休み常時人がいて汚れたリビングを片付ける。2日ぶりくらいにスカッと晴れて掃除日和だ。

ニャーゴ(娘)の中学の委員をしているので連絡網を回してくださいと連絡があり昨日の朝8時から少しと仕事から帰ってきて7時くらい位から電話をかけたが、誰もいなかった。いなければ次の人にと6、7人にかけたが本当に誰もいない

9時くらいになってつながった人が数人と9時半近くにメールで「今まで残業でした」とくれたお母さんと・・
バリキャリであっても家族がいれば家事の分担はあるし、子どもの体調不良とか綱渡りだよね・・・

わたしは短時間の仕事をいくつか掛け持ちして出たり入ったりで今家事と子供の世話を何とかやれてるけどフルタイムで働く時はいろいろと改革していかないと難しいな・・

ニャーゴが言うにはお母さんが仕事で遅いなら食べ物位なんとかするし別にかまわない。
まあ、洗濯物をポイポイ脱いで置けば翌日洗って畳んで帰ってきてたら楽なんだけどさ!!

今わたしが死んだら何とかできるレベルのことはきっともう数年して働き方を変えたら家族で協力してできるだろうと思う。もう少し子供らが小さい頃からやっても出来たかもしれないことだが、今更悔やんでも腹の足しにもお金にもならないのでこれからこれから。


イオンでは朝から夜10時くらいまで預かれる従業員用の保育施設をお店に作るというニュースを聞いた。
子育て世代の早い復帰や雇用、キャリア形成を目指すという各企業の取り組みもたびたび紹介される。
少子高齢化で働き手の確保が必要でもあり、終身雇用・右肩上がりなどを期待できず経費削減や増税は進む時代に女性が働かないと立ち行かなくなることもあり。

ちょっと買い物に行っても以前に比べてものが高くなっていると思う。短期的に豪雨による野菜の高騰などもあるのだが「この品数でこの値段!?」と思うことが増えた。




この夏休みの思い出


8月9日 剣道の昇段審査。15年ぶりに再開してから1年、2回目の挑戦だったけど結果は不合格。
惜しいともまだ合格レベルはるかに遠いとも思えてう~ん・・・15年のブランクと30代抜け落ちていることでもう少しがんばれってことかな。
同じ日に二段審査を受けたニャーゴは無事合格。

8月13日 旅行でダイビング体験を家族で申込み参加。わたしは海が怖い。泳げないわけではないが・・
案の定、背の立つところでフィンを付けずにマスクの練習をした時点で恐怖の塊になり水深2,3メートルのところでフィンを付けてやってみましょうという段階でリタイア。
怖ーーー。
口だけで呼吸することも慣れてなくて空気が入ってるのに過呼吸になりそうだった。

ニャーゴは楽しめたそうだ。すごい。
まあ、シュノーケリングで十分かな・・

2014負け犬の夏。

離島への旅行は乗り物乗り物また乗り物で+海や水辺のアクティビティでのボートや海の揺れ揺れの乗り物大好き揺れ揺れツアーで最終日の夜はたくさん飲んだわけでもないのに悪酔いして夜中に起きてから朝まで体調不良と格闘した。弱い。
 
石垣島上空 
石垣島上空


海岸 


シーサー 



西表島 マングローブ 
西表島 マングローブ
「マングローブ」という植物があるわけではなくて、熱帯 ・亜熱帯地域の河口汽水域の塩性湿地に成立する森林あるいは構成植物のことである。

日本国内で見られる7種類の種<メヒルギ(ヒルギ科)、オヒルギ(ヒルギ科)、ヤエヤマヒルギ(ヒルギ科)、ハマザクロ(ハマザクロ科、別名マヤプシキ)、ヒルギダマシ(クマツヅラ科またはキントラノオ科、ヒルギダマシ科)、ヒルギモドキ(シクンシ科)及びニッパヤシ(ヤシ科)>の全てが見られるのは西表島だけだそうだ。 豊かな緑が広がる。


イリオモテヤマネコ看板 (1)
ヤマネコ先輩の看板



竹富島 猫
気温32度の海岸でくつろぐ猫

各島猫をよく見かけたが、竹富町の条例で、飼い猫は持ち込み時の検疫・登録・ワクチン接種・マイクロチップ・不妊化(完全室内飼いを除く)の義務などの定めがあるそう(イリオモテヤマネコにとって病気をうつす危険な存在ともなりうる)。
そして野良猫も多かった。


さてさて、猫を見習って自分のやることをやろう!
午後の仕事から帰ってきて子供らのあまりのフリーダムさにムカッときてリビングに手紙を書いて貼った!

ワードで作ったからはがされたとしてもまた印刷して貼る

ニャーゴさん塾に出かけていた ぼんさんへ

これから生きていくのに「やりっぱなし」「出しっぱなし」「整理整頓ができない」といつか必ず自分が痛い目にあいます。 実はお母さんは召使いではありません。
あなた方も大きくなり、私も仕事に出ている今、自分の後片づけ、家庭内の整理整頓やお手伝いは特別なことではなくこの家で一緒に暮らす上で当たり前の行動であるということを肝に銘じてください

今日帰ってきたらソファーにリモコンやノートなどが置きっぱなし、食べたおやつの容器や食器が置きっぱなし、制服も置きっぱなし、鞄の中にはお弁当容器が入りっぱなしでした。

また今まであまり言わなかったのもいけないのですが、夕方になるとせっかく乾いた洗濯物も湿っぽくなってしまいます。家にいる人が取り込んで、少なくとも自分の服は畳んでしまうということくらいはできるようにしましょう。

9月中は具体的に次のことをできるようにしましょう。
①飲み終わったコップやお皿などは席を立つときに必ず片付ける
②リモコンは戻すなど出したものは元の位置に戻す
③夕方になって母が不在の時は洗濯物を取り込み少なくとも自分の分は畳んでしまう。
④脱ぎっぱなしにしない。洗濯機に入れる、部屋に持っていきハンガーにかけるなどする。

基本は必ず 「後片付けをすぐにする」ことです。
この習慣が身につかないとあなたが損をします。

ずっと乱雑な部屋で暮らし、よく物をなくし、時間やお金を無駄にしたり信用を無くしたいですか?


9月中にできるようになることのレベルが低い!!
ちなみにわたしは(母がナースで働いてて、父がとても厳しかったこともあって)洗濯から畳んでしまうまでや食器あらいゴミ出し、風呂掃除は子供のころからやってたんだけど自分は躾ができなかったわ~。
不徳の致すところだわ~。
わたしも決して家を常にピシッときれいにしているわけではないが、経験から習慣をつければできるようになると思っている。これからこれから。


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【2014/09/02 09:10】 | くらし
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今年は梅雨の期間中かなりの雨が降った。千葉では夕方に通り雨が多かったような気がする。去年の夏も夕方になると雨が降り、、それがすごい勢いだったので夕立というよりスコールのようだったのを覚えている。
気候が年々激しくなっていくようだが、今年の夏はどうなるんだろう。


先の土日で娘(ニャーゴ)の中学生最後の試合が終わった。結果を残せなかったことと、身体のあちこち痛い中部活を毎日頑張っていた張りつめた糸が切れて今日まで丸二日寝たり起きたりして過ごしていた。
親としてはあんなに頑張っていた結果を試合の勝利として残せなかったのが不憫に思う。
時が過ぎていつかはいろんなことが終わりを迎えることも、結果を残す事が出来ない無念さも生きている限りは味わうことであるが・・。
ここでしっかり休ませないとと思い、丸三日くらいは元気がないのは仕方ないと思っていたが今日の夕方くらいには少し活力が出てきたようでちょっと安心した。

土日は夜のヤマトの仕分けの仕事(22~2時)の後3時に寝て、朝6時からソフトボールの練習に行く息子(ぼん)と、試合に向かうニャーゴのお弁当や送りの準備に5時に起きて、応援に行き、途中剣道の稽古にも行きとやっていたら疲れた。

わたしはと言えば剣道の稽古と立ち仕事で膝を傷めてしまい、痛みが強くなりとうとう歩いていても痛くなってしまったので今日は午前中剣道の稽古を休んで整骨院に行き少し睡眠をとって午後の塾の仕事に出かけた。

8月9日の昇段審査に向けて稽古を増やしたかったのだけどあとはコンディショニングの方が大切かもしれない。
今年になってから月曜の午前中時点で96回目の稽古だった。

整骨院の問診で「剣道は月に何日くらいしていますか?」と聞かれ「週に3、4回ですかね」と答え、「結構やってますね!」と若い技師さんに驚かれたのだった。一応、週3~4の稽古と週4のヤマト運輸で鍛えているアスリートなんでね!

7月から始めた新しい事もあって多忙で剣道の稽古のペースが鈍っている。
今回読んで評価しなくてはいけない本選びの会の本も消化しきれず、原稿の期日も遅れてしまった。

8月は一か月ハーフ夜勤が休みなのでその間に大掃除と体調を整えたい。

意外と短そうな8月は普段通りの予定が結構入っている。

週3の塾の仕事のうち1日は月曜日の担任なので、夏休みは他の曜日のようにお休みにする日が少ない。
月曜は普段祝日や振り替え休日で休講が多いのでここでしっかりやっておかないといけないから。
むしろ子どもたちがお休みということで普段1コマなのに2コマずつやったりしているので夏休みボケをしなくていいかも。

あとは一つ一つの集中力を高めることと、細切れであっても睡眠をとること、余計なことは極力断ることで昇段審査まで乗り切りたい。
おやすみなさい。

【2014/07/22 23:00】 | くらし
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東京都議会の本会議で18日、女性の妊娠・出産に関する都の支援体制について質問した女性議員に対して、自民党の議員席から「早く結婚しろ」「産めないのか」「子供もいないのに」といったヤジが相次いだ。

このことはマスコミが大々的に報道し、もうみんな激おこだったわね。
海外にまで報道され、犯人を捜せとか声紋分析するとか大騒ぎになった。

かつてはそんなことここまで報道されここまで問題にならかったのであろうから、人権意識が高まった結果と思うべきか。

今日、早く結婚しろとか言った議員が名乗り出たそうで、叩かれ放題。しかし、他にも野次の際笑いが起きて相次いでほかの野次を飛ばした議員もいるのに、声がデカかった一人を血祭りにあげて幕引きにはしないでほしい。
また件の議員だけを総攻撃するのも違った形でのいじめに近いもので、解決にはならないと思う。
通常運転でいつも通り野次を言ってこの人だけ、この日だけたまたま咎められたってことだからね。

国会もそうだし地方議会の野次は一般社会では考えられない事だし、人の話を聞かず、相手の心を挫きまともに話させないためにひどい暴言を吐くことが常識としてまかり通っている議会の異常さが浮き彫りになってよかったとは思う。

子どもたちに見られても恥ずかしくないようでなければ。

政策を討議する場で個人の各論にすり替えたり、攻撃することがあまりにレベルが低くて恥ずかしい事だとわからないってことが本当に恥ずかしい。

あと、晩婚、非婚、少子化というのは雇用・労働、社会保障問題と不可分な問題であり、それらは即ち政治の問題であるのだからニヤニヤ笑っているなんて当事者意識が無さすぎて脱力するばかり。

しかし、この騒動によって薄まった感がある(東京電力福島第1原発事故の除染に伴う中間貯蔵施設建設の地元交渉について)「最後は金目(かねめ)でしょ」発言の同じ自民党の石原伸晃くんにとってはナイスアシストだったね。

たまたまいつもの調子で何でもいいから言ってやれって野次を言ってた鈴木くんよりも、常に思っている本音が出たということを思うと遥かに罪深いように思える。

これが日本の国の環境大臣なんだよね・・・ファンタスティック!

【2014/06/23 20:53】 | くらし
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22時入りで2時上がりのクロネコヤマトの仕分けのハーフ夜勤の日は剣道の稽古に行ってから仮眠をとって家事をしてから行くことがパターン化してきたが、肉体労働と睡眠不足でタフなわたしも連勤となると疲れる。

仕事から上がって車に乗ってから睡魔に襲われ、そのまま少し駐車場で寝てしまってから帰って来たり、車で20分運転して帰ってきて車庫に止めてから家に上がる体力がなく車のシートを倒して寝てしまったりする。

こないだはうっかり眠ってしまい、大きなサイレンの音で目が覚めた。
時計を見るともう4時近くで空も白んできていた。消防車と救急車のサイレンの音がひときわ大きくなって近くで止まり、救急隊員がマイクで何やら言っている声が聞こえた。

急に目が覚めて半分寝ぼけていて音量の大きさに恐ろしくもあり、2軒隣とか近くが燃えているのではないことを確認して家に入りまたソファで寝てしまった。

小さいころ河原で遊んでいたら川岸の家が火事で燃えていてその一部始終を見てしまい恐ろしくて何日もなかなか眠れなくなってから火事は見に行くまいと決めた。

翌日、剣道の稽古から免許の書き換えに移動する車中のラジオニュースで近くの木造アパートが全焼し、その火事では誰も亡くならなかったが、火元の部屋の女性が道を挟んだマンションに移動して飛び降りて亡くなったことを知った。

アパートからマンションまで歩いた足跡は血液で指の跡までくっきりと地面に残っており、数日過ぎても行きつ戻りつしたような形跡が残っている。40代の女性というからわたしと同年代の人の生きていた最後の痕跡である。

アパートの大家さんの高齢の女性は通報した他の住民とともに逃げる事が出来たが終の棲家をこんな形で追われ、また、飛び降りたマンションの店舗や住民の方のことも思うとやり切れないが、明け方サイレンで目が覚めた時、もしも近くまで行って止める事が出来たのならと 詮無き事を焼け焦げたアパートが見える道を通る度に思ったりする数日だった。

事件や事故は毎日毎日報道され、一つ一つのことは続報もなくまた新しい事件や事故でかき消されていく。関係者ではなければそれ以上知ってもどうにもならないので当然のことであるのだが。




今日の午後、うちの裏にある古い民家を取り壊すのでしばらく騒音・振動でご迷惑をおかけしますと業者の方がお手紙と手ぬぐいを持って挨拶に来た。
「アスベストは大丈夫ですか?」と聞いたら「ハイ、大丈夫です」とか即答してたけど怪しいな・・。
引っ越してきたとき挨拶に行ったら若い人が出てきてそれから夜中に通路を通る足音がしたり、数日人の気配がなかったりしてもしや大麻でも栽培してるのかと思ったが、いつのまにか引っ越していったらしい。それもわからなかった。

これだけひしめき合って暮らす都市ではどんな人が近くに住んでいるかはわからない。
ここ数週間はネグレクト(育児放棄)で亡くなり、アパートで白骨化した小さな子の痛ましい事件の報道を皮切りに類似のケースや住民票などでは登録されているが行方が分からなくなっている子どもたちの報道がある。

行政とともに住民のコミュニティーがつくるセーフティーネットを実現できればと思うが、自分の目に入ることしか分からない無力感を忘れないでおこう。

【2014/06/19 22:41】 | くらし
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昨日5月21日、関西電力大飯原発3,4号機を巡り住民らが関電に運転差し止めを求めた訴訟の判決が福井地裁であり、再稼働は認めないという判決が出た。
これは福島第一原発事故後初の判決で、昨日twitterで回ってきた判決文にかなり衝撃を受けた。

特に結論のひとつ前の文
「 9 被告のその余の主張について」がすごい。

 他方、被告は本件原発の稼動が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている。このコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。
 また、被告は、原子力発電所の稼動がCO2排出削減に資するもので環境面で優れている旨主張するが、原子力発電所でひとたび深刻事故が起こった場合の環境汚染はすさまじいものであって、福島原発事故は我が国始まって以来最大の公害、環境汚染であることに照らすと、環境問題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは甚だしい筋違いである。
熱い・・・。


人格権という言葉を初めて聞いたのだが、ごく普通の人が考える原子力発電への疑問や不安が当然のものであるということが判決文で示されたことでまた脱原発への希望の光も見える。

政府や電力会社ほか原子力ムラは盛り返そうと躍起になり原発がないと大変だとばかりくり返し、責任をとることもなく、なし崩しのまま再稼働を進めようとしているが、そうはさせない。

控訴審で覆ることがあっても、わたしのように専門家でもなく、なんの力もない普通の人が息長く脱原発の姿勢を続ける希望がまたわいてきた。この灯を消してはいけない。

以下に引用(マーカー引きました)


大飯原発3、4号機運転差止請求事件判決要旨

主文

1  被告は、別紙原告目録1記載の各原告(大飯原発から250キロメートル圏内に居住する166名)に対する関係で、福井県大飯郡おおい町大島1字吉見1-1において、大飯発電所3号機及び4号機の原子炉を運転してはならない。

2  別紙原告目録2記載の各原告(大飯原発から250キロメートル圏外に居住する23名)の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第2項の各原告について生じたものを同原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

理由

1 はじめに

 ひとたび深刻な事故が起これば多くの人の生命、身体やその生活基盤に重大な被害を及ぼす事業に関わる組織には、その被害の大きさ、程度に応じた安全性と高度の信頼性が求められて然るべきである。このことは、当然の社会的要請であるとともに、生存を基礎とする人格権が公法、私法を間わず、すべての法分野において、最高の価値を持つとされている以上、本件訴訟においてもよって立つべき解釈上の指針である。

 個人の生命、身体、精神及び生活に関する利益は、各人の人格に本質的なものであって、その総体が人格権であるということができる。人格権は憲法上の権利であり(13条、25条)、また人の生命を基礎とするものであるがゆえに、我が国の法制下においてはこれを超える価値を他に見出すことはできない。したがって、この人格権とりわけ生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分に対する具体的侵害のおそれがあるときは、人格権そのものに基づいて侵害行為の差止めを請求できることになる。人格権は各個人に由来するものであるが、その侵害形態が多数人の人格権を同時に侵害する性質を有するとき、その差止めの要請が強く働くのは理の当然である。

2 福島原発事故について

 福島原発事故においては、15万人もの住民が避難生活を余儀なくされ、この避難の過程で少なくとも入院患者等60名がその命を失っている。家族の離散という状況や劣悪な避難生活の中でこの人数を遥かに超える人が命を縮めたことは想像に難くない。さらに、原子力委員会委員長が福島第一原発から250キロメートル圏内に居住する住民に避難を勧告する可能性を検討したのであって、チェルノブイリ事故の場合の住民の避難区域も同様の規模に及んでいる。

 年間何ミリシーベルト以上の放射線がどの程度の健康被害を及ぼすかについてはさまざまな見解があり、どの見解に立つかによってあるべき避難区域の広さも変わってくることになるが、既に20年以上にわたりこの問題に直面し続けてきたウクライナ共和国、ベラルーシ共和国は、今なお広範囲にわたって避難区域を定めている。両共和国の政府とも住民の早期の帰還を図ろうと考え、住民においても帰還の強い願いを持つことにおいて我が国となんら変わりはないはずである。それにもかかわらず、両共和国が上記の対応をとらざるを得ないという事実は、放射性物質のもたらす健康被害について楽観的な見方をした上で避難区域は最小限のもので足りるとする見解の正当性に重大な疑問を投げかけるものである。上記250キロメートルという数字は緊急時に想定された数字にしかすぎないが、だからといってこの数字が直ちに過大であると判断することはできないというべきである。

3 本件原発に求められるべき安全性

(1)  原子力発電所に求められるべき安全性

 1、2に摘示したところによれば、原子力発電所に求められるべき安全性、信頼性は極めて高度なものでなければならず、万一の場合にも放射性物質の危険から国民を守るべく万全の措置がとられなければならない。

 原子力発電所は、電気の生産という社会的には重要な機能を営むものではあるが、原子力の利用は平和目的に限られているから(原子力基本法2条)、原子力発電所の稼動は法的には電気を生み出すための一手段たる経済活動の自由(憲法22条1項)に属するものであって、憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきものである。しかるところ、大きな自然災害や戦争以外で、この根源的な権利が極めて広汎に奪われるという事態を招く可能性があるのは原子力発電所の事故のほかは想定し難い。かような危険を抽象的にでもはらむ経済活動は、その存在自体が憲法上容認できないというのが極論にすぎるとしても、少なくともかような事態を招く具体的危険性が万が一でもあれば、その差止めが認められるのは当然である。このことは、土地所有権に基づく妨害排除請求権や妨害予防請求権においてすら、侵害の事実や侵害の具体的危険性が認められれば、侵害者の過失の有無や請求が認容されることによって受ける侵害者の不利益の大きさという侵害者側の事情を問うことなく請求が認められていることと対比しても明らかである。

 新しい技術が潜在的に有する危険性を許さないとすれば社会の発展はなくなるから、新しい技術の有する危険性の性質やもたらす被害の大きさが明確でない場合には、その技術の実施の差止めの可否を裁判所において判断することは困難を極める。しかし、技術の危険性の性質やそのもたらす被害の大きさが判明している場合には、技術の実施に当たっては危険の性質と被害の大きさに応じた安全性が求められることになるから、この安全性が保持されているかの判断をすればよいだけであり、危険性を一定程度容認しないと社会の発展が妨げられるのではないかといった葛藤が生じることはない。原子力発電技術の危険性の本質及びそのもたらす被害の大きさは、福島原発事故を通じて十分に明らかになったといえる。本件訴訟においては、本件原発において、かような事態を招く具体的危険性が万が一でもあるのかが判断の対象とされるべきであり、福島原発事故の後において、この判断を避けることは裁判所に課された最も重要な責務を放棄するに等しいものと考えられる

(2)  原子炉規制法に基づく審査との関係

 (1)の理は、上記のように人格権の我が国の法制における地位や条理等によって導かれるものであって、原子炉規制法をはじめとする行政法規の在り方、内容によって左右されるものではない。したがって、改正原子炉規制法に基づく新規制基準が原子力発電所の安全性に関わる問題のうちいくつかを電力会社の自主的判断に委ねていたとしても、その事項についても裁判所の判断が及ぼされるべきであるし、新規制基準の対象となっている事項に関しても新規制基準への適合性や原子力規制委員会による新規制基準への適合性の審査の適否という観点からではなく、(1)の理に基づく裁判所の判断が及ぼされるべきこととなる。

4 原子力発電所の特性

 原子力発電技術は次のような特性を持つ。すなわち、原子力発電においてはそこで発出されるエネルギーは極めて膨大であるため、運転停止後においても電気と水で原子炉の冷却を継続しなければならず、その間に何時間か電源が失われるだけで事故につながり、いったん発生した事故は時の経過に従って拡大して行くという性質を持つ。このことは、他の技術の多くが運転の停止という単純な操作によって、その被害の拡大の要因の多くが除去されるのとは異なる原子力発電に内在する本質的な危険である

 したがって、施設の損傷に結びつき得る地震が起きた場合、速やかに運転を停止し、運転停止後も電気を利用して水によって核燃料を冷却し続け、万が一に異常が発生したときも放射性物質が発電所敷地外部に漏れ出すことのないようにしなければならず、この止める、冷やす、閉じ込めるという要請はこの3つがそろって初めて原子力発電所の安全性が保たれることとなる。仮に、止めることに失敗するとわずかな地震による損傷や故障でも破滅的な事故を招く可能性がある。福島原発事故では、止めることには成功したが、冷やすことができなかったために放射性物質が外部に放出されることになった。また、我が国においては核燃料は、五重の壁に閉じ込められているという構造によって初めてその安全性が担保されているとされ、その中でも重要な壁が堅固な構造を持つ原子炉格納容器であるとされている。しかるに、本件原発には地震の際の冷やすという機能と閉じ込めるという構造において次のような欠陥がある。

5 冷却機能の維持について

(1) 1260ガルを超える地震について

 原子力発電所は地震による緊急停止後の冷却機能について外部からの交流電流によって水を循環させるという基本的なシステムをとっている。1260ガルを超える地震によってこのシステムは崩壊し、非常用設備ないし予備的手段による補完もほぼ不可能となり、メルトダウンに結びつくこの規模の地震が起きた場合には打つべき有効な手段がほとんどないことは被告において自認しているところである

 しかるに、我が国の地震学会においてこのような規模の地震の発生を一度も予知できていないことは公知の事実である。地震は地下深くで起こる現象であるから、その発生の機序の分析は仮説や推測に依拠せざるを得ないのであって、仮説の立論や検証も実験という手法がとれない以上過去のデータに頼らざるを得ない。確かに地震は太古の昔から存在し、繰り返し発生している現象ではあるがその発生頻度は必ずしも高いものではない上に、正確な記録は近時のものに限られることからすると、頼るべき過去のデータは極めて限られたものにならざるをえない。したがって、大飯原発には1260ガルを超える地震は来ないとの確実な科学的根拠に基づく想定は本来的に不可能である。むしろ、①我が国において記録された既往最大の震度は岩手宮城内陸地震における4022ガルであり、1260ガルという数値はこれをはるかに下回るものであること、②岩手宮城内陸地震は大飯でも発生する可能性があるとされる内陸地殻内地震であること、③この地震が起きた東北地方と大飯原発の位置する北陸地方ないし隣接する近畿地方とでは地震の発生頻度において有意的な違いは認められず、若狭地方の既知の活断層に限っても陸海を問わず多数存在すること、④この既往最大という概念自体が、有史以来世界最大というものではなく近時の我が国において最大というものにすぎないことからすると、1260ガルを超える地震は大飯原発に到来する危険がある。

(2) 700ガルを超えるが1260ガルに至らない地震について

ア 被告の主張するイベントツリーについて

 被告は、700ガルを超える地震が到来した場合の事象を想定し、それに応じた対応策があると主張し、これらの事象と対策を記載したイベントツリーを策定し、これらに記載された対策を順次とっていけば、1260ガルを超える地震が来ない限り、炉心損傷には至らず、大事故に至ることはないと主張する。

 しかし、これらのイベントツリー記載の対策が真に有効な対策であるためには、第1に地震や津波のもたらす事故原因につながる事象を余すことなくとりあげること、第2にこれらの事象に対して技術的に有効な対策を講じること、第3にこれらの技術的に有効な対策を地震や津波の際に実施できるという3つがそろわなければならない。

イ イベントツリー記載の事象について

 深刻な事故においては発生した事象が新たな事象を招いたり、事象が重なって起きたりするものであるから、第1の事故原因につながる事象のすべてを取り上げること自体が極めて困難であるといえる。

ウ イベントツリー記載の対策の実効性について

 また、事象に対するイベントツリー記載の対策が技術的に有効な措置であるかどうかはさておくとしても、いったんことが起きれば、事態が深刻であればあるほど、それがもたらす混乱と焦燥の中で適切かつ迅速にこれらの措置をとることを原子力発電所の従業員に求めることはできない。特に、次の各事実に照らすとその困難性は一層明らかである。

 第1に地震はその性質上従業員が少なくなる夜間も昼間と同じ確率で起こる。突発的な危機的状況に直ちに対応できる人員がいかほどか、あるいは現場において指揮命令系統の中心となる所長が不在か否かは、実際上は、大きな意味を持つことは明らかである。

 第2に上記イベントツリーにおける対応策をとるためにはいかなる事象が起きているのかを把握できていることが前提になるが、この把握自体が極めて困難である。福島原発事故の原因について国会事故調査委員会は地震の解析にカを注ぎ、地震の到来時刻と津波の到来時刻の分析や従業員への聴取調査等を経て津波の到来前に外部電源の他にも地震によって事故と直結する損傷が生じていた疑いがある旨指摘しているものの、地震がいかなる箇所にどのような損傷をもたらしそれがいかなる事象をもたらしたかの確定には至っていない。一般的には事故が起きれば事故原因の解明、確定を行いその結果を踏まえて技術の安全性を高めていくという側面があるが、原子力発電技術においてはいったん大事故が起これば、その事故現場に立ち入ることができないため事故原因を確定できないままになってしまう可能性が極めて高く、福島原発事故においてもその原因を将来確定できるという保証はない。それと同様又はそれ以上に、原子力発電所における事故の進行中にいかなる箇所にどのような損傷が起きておりそれがいかなる事象をもたらしているのかを把握することは困難である。

 第3に、仮に、いかなる事象が起きているかを把握できたとしても、地震により外部電源が断たれると同時に多数箇所に損傷が生じるなど対処すべき事柄は極めて多いことが想定できるのに対し、全交流電源喪失から炉心損傷開始までの時間は5時間余であり、炉心損傷の開始からメルトダウンの開始に至るまでの時間も2時間もないなど残された時間は限られている。

 第4にとるべきとされる手段のうちいくつかはその性質上、緊急時にやむを得ずとる手段であって普段からの訓練や試運転にはなじまない。運転停止中の原子炉の冷却は外部電源が担い、非常事態に備えて水冷式非常用ディーゼル発電機のほか空冷式非常用発電装置、電源車が備えられているとされるが、たとえば空冷式非常用発電装置だけで実際に原子炉を冷却できるかどうかをテストするというようなことは危険すぎてできようはずがない。

 第5にとるべきとされる防御手段に係るシステム自体が地震によって破損されることも予想できる。大飯原発の何百メートルにも及ぶ非常用取水路が一部でも700ガルを超える地震によって破損されれば、非常用取水路にその機能を依存しているすべての水冷式の非常用ディーゼル発電機が稼動できなくなることが想定できるといえる。また、埋戻土部分において地震によって段差ができ、最終の冷却手段ともいうべき電源車を動かすことが不可能又は著しく困難となることも想定できる。上記に摘示したことを一例として地震によって複数の設備が同時にあるいは相前後して使えなくなったり故障したりすることは機械というものの性質上当然考えられることであって、防御のための設備が複数備えられていることは地震の際の安全性を大きく高めるものではないといえる。

 第6に実際に放射性物質が一部でも漏れればその場所には近寄ることさえできなくなる。

 第7に、大飯原発に通ずる道路は限られており施設外部からの支援も期待できない。

エ 基準地震動の信頼性について

 被告は、大飯原発の周辺の活断層の調査結果に基づき活断層の状況等を勘案した場合の地震学の理論上導かれるガル数の最大数値が700であり、そもそも、700ガルを超える地震が到来することはまず考えられないと主張する。しかし、この理論上の数値計算の正当性、正確性について論じるより、現に、全国で20箇所にも満たない原発のうち4つの原発に5回にわたり想定した地震動を超える地震が平成17年以後10年足らずの問に到来しているという事実を重視すべきは当然である。地震の想定に関しこのような誤りが重ねられてしまった理由については、今後学術的に解決すべきものであって、当裁判所が立ち入って判断する必要のない事柄である。これらの事例はいずれも地震という自然の前における人間の能力の限界を示すものというしかない。本件原発の地震想定が基本的には上記4つの原発におけるのと同様、過去における地震の記録と周辺の活断層の調査分析という手法に基づきなされたにもかかわらず、被告の本件原発の地震想定だけが信頼に値するという根拠は見い出せない。

オ 安全余裕について

 被告は本件5例の地震によって原発の安全上重要な施設に損傷が生じなかったことを前提に、原発の施設には安全余裕ないし安全裕度があり、たとえ基準地震動を超える地震が到来しても直ちに安全上重要な施設の損傷の危険性が生じることはないと主張している。

 弁論の全趣旨によると、一般的に設備の設計に当たって、様々な構造物の材質のばらつき、溶接や保守管理の良否等の不確定要素が絡むから、求められるべき基準をぎりぎり満たすのではなく同基準値の何倍かの余裕を持たせた設計がなされることが認められる。このように設計した場合でも、基準を超えれば設備の安全は確保できない。この基準を超える負荷がかかっても設備が損傷しないことも当然あるが、それは単に上記の不確定要素が比較的安定していたことを意味するにすぎないのであって、安全が確保されていたからではない。したがって、たとえ、過去において、原発施設が基準地震動を超える地震に耐えられたという事実が認められたとしても、同事実は、今後、基準地震動を超える地震が大飯原発に到来しても施設が損傷しないということをなんら根拠づけるものではない

(3) 700ガルに至らない地震について

ア 施設損壊の危険

 本件原発においては基準地震動である700ガルを下回る地震によって外部電源が断たれ、かつ主給水ポンプが破損し主給水が断たれるおそれがあると認められる。

イ 施設損壊の影響

 外部電源は緊急停止後の冷却機能を保持するための第1の砦であり、外部電源が断たれれば非常用ディーゼル発電機に頼らざるを得なくなるのであり、その名が示すとおりこれが非常事態であることは明らかである。福島原発事故においても外部電源が健全であれば非常用ディーゼル発電機の津波による被害が事故に直結することはなかったと考えられる。主給水は冷却機能維持のための命綱であり、これが断たれた場合にはその名が示すとおり補助的な手段にすぎない補助給水設備に頼らざるを得ない。前記のとおり、原子炉の冷却機能は電気によって水を循環させることによって維持されるのであって、電気と水のいずれかが一定時間断たれれば大事故になるのは必至である。原子炉の緊急停止の際、この冷却機能の主たる役割を担うべき外部電源と主給水の双方がともに700ガルを下回る地震によっても同時に失われるおそれがある。そして、その場合には(2)で摘示したように実際にはとるのが困難であろう限られた手段が効を奏さない限り大事故となる。

ウ 補助給水設備の限界

 このことを、上記の補助給水設備についてみると次の点が指摘できる。緊急停止後において非常用ディーゼル発電機が正常に機能し、補助給水設備による蒸気発生器への給水が行われたとしても、①主蒸気逃がし弁による熱放出、②充てん系によるほう酸の添加、③余熱除去系による冷却のうち、いずれか一つに失敗しただけで、補助給水設備による蒸気発生器への給水ができないのと同様の事態に進展することが認められるのであって、補助給水設備の実効性は補助的手毅にすぎないことに伴う不安定なものといわざるを得ない。また、上記事態の回避措置として、イベントツリーも用意されてはいるが、各手順のいずれか一つに失敗しただけでも、加速度的に深刻な事態に進展し、未経験の手作業による手順が増えていき、不確実性も増していく。事態の把握の困難性や時間的な制約のなかでその実現に困難が伴うことは(2)において摘示したとおりである。

エ 被告の主張について

 被告は、主給水ポンプは安全上重要な設備ではないから基準地震動に対する耐震安全性の確認は行われていないと主張するが、主給水ポンプの役割は主給水の供給にあり、主給水によって冷却機能を維持するのが原子炉の本来の姿であって、そのことは被告も認めているところである。安全確保の上で不可欠な役割を第1次的に担う設備はこれを安全上重要な設備であるとして、それにふさわしい耐震性を求めるのが健全な社会通念であると考えられる。このような設備を安全上重要な設備ではないとするのは理解に苦しむ主張であるといわざるを得ない。

(4) 小括

 日本列島は太平洋プレート、オホーツクプレート、ユーラシアプレート及びフィリピンプレートの4つのプレートの境目に位置しており、全世界の地震の1割が狭い我が国の国土で発生する。この地震大国日本において、基準地震動を超える地震が大飯原発に到来しないというのは根拠のない楽観的見通しにしかすぎない上、基準地震動に満たない地震によっても冷却機能喪失による重大な事故が生じ得るというのであれば、そこでの危険は、万が一の危険という領域をはるかに超える現実的で切迫した危険と評価できる。このような施設のあり方は原子力発電所が有する前記の本質的な危険性についてあまりにも楽観的といわざるを得ない。

6 閉じ込めるという構造について(使用済み核燃料の危険性)

(1) 使用済み核燃料の現在の保管状況

 原子力発電所は、いったん内部で事故があったとしても放射性物質が原子力発電所敷地外部に出ることのないようにする必要があることから、その構造は堅固なものでなければならない。

 そのため、本件原発においても核燃料部分は堅固な構造をもつ原子炉格納容器の中に存する。他方、使用済み核燃料は本件原発においては原子炉格納容器の外の建屋内の使用済み核燃料プールと呼ばれる水槽内に置かれており、その本数は1000本を超えるが、使用済み核燃料プールから放射性物質が漏れたときこれが原子力発電所敷地外部に放出されることを防御する原子炉格納容器のような堅固な設備は存在しない。

(2) 使用済み核燃料の危険性

 福島原発事故においては、4号機の使用済み核燃料プールに納められた使用済み核燃料が危機的状況に陥り、この危険性ゆえに前記の避難計画が検討された。原子力委員会委員長が想定した被害想定のうち、最も重大な被害を及ぼすと想定されたのは使用済み核燃料プールからの放射能汚染であり、他の号機の使用済み核燃料プールからの汚染も考えると、強制移転を求めるべき地域が170キロメートル以遠にも生じる可能性や、住民が移転を希望する場合にこれを認めるべき地域が東京都のほぼ全域や横浜市の一部を含む250キロメートル以遠にも発生する可能性があり、これらの範囲は自然に任せておくならば、数十年は続くとされた。

(3) 被告の主張について

 被告は、使用済み核燃料は通常40度以下に保たれた水により冠水状態で貯蔵されているので冠水状態を保てばよいだけであるから堅固な施設で囲い込む必要はないとするが、以下のとおり失当である。

ア 冷却水喪失事故について

 使用済み核燃料においても破損により冷却水が失われれば被告のいう冠水状態が保てなくなるのであり、その場合の危険性は原子炉格納容器の一次冷却水の配管破断の場合と大きな違いはない。福島原発事故において原子炉格納容器のような堅固な施設に甲まれていなかったにもかかわらず4号機の使用済み核燃料プールが建屋内の水素爆発に耐えて破断等による冷却水喪失に至らなかったこと、あるいは瓦礫がなだれ込むなどによって使用済み核燃料が大きな損傷を被ることがなかったことは誠に幸運と言うしかない。使用済み核燃料も原子炉格納容器の中の炉心部分と同様に外部からの不測の事態に対して堅固な施設によって防御を固められてこそ初めて万全の措置をとられているということができる。

イ 電源喪失事故について

 本件使用済み核燃料プールにおいては全交流電源喪失から3日を経ずして冠水状態が維持できなくなる。我が国の存続に関わるほどの被害を及ぼすにもかかわらず、全交流電源喪失から3日を経ずして危機的状態に陥いる。そのようなものが、堅固な設備によって閉じ込められていないままいわばむき出しに近い状態になっているのである。

(4) 小括

 使用済み核燃料は本件原発の稼動によって日々生み出されていくものであるところ、使用済み核燃料を閉じ込めておくための堅固な設備を設けるためには膨大な費用を要するということに加え、国民の安全が何よりも優先されるべきであるとの見識に立つのではなく、深刻な事故はめったに起きないだろうという見通しのもとにかような対応が成り立っているといわざるを得ない

7 本件原発の現在の安全性

 以上にみたように、国民の生存を基礎とする人格権を放射性物質の危険から守るという観点からみると、本件原発に係る安全技術及び設備は、万全ではないのではないかという疑いが残るというにとどまらず、むしろ、確たる根拠のない楽観的な見通しのもとに初めて成り立ち得る脆弱なものであると認めざるを得ない。

8 原告らのその余の主張について

 原告らは、地震が起きた場合において止めるという機能においても本件原発には欠陥があると主張する等さまざまな要因による危険性を主張している。しかし、これらの危険性の主張は選択的な主張と解されるので、その判断の必要はないし、環境権に基づく請求も選択的なものであるから同請求の可否についても判断する必要はない。

 原告らは、上記各諸点に加え、高レベル核廃棄物の処分先が決まっておらず、同廃棄物の危険性が極めて高い上、その危険性が消えるまでに数万年もの年月を要することからすると、この処分の問題が将来の世代に重いつけを負わせることを差止めの理由としている。幾世代にもわたる後の人々に対する我々世代の責任という道義的にはこれ以上ない重い問題について、現在の国民の法的権利に基づく差止訴訟を担当する裁判所に、この問題を判断する資格が与えられているかについては疑問があるが、7に説示したところによるとこの判断の必要もないこととなる。

9 被告のその余の主張について

 他方、被告は本件原発の稼動が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている。このコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。

 また、被告は、原子力発電所の稼動がCO2排出削減に資するもので環境面で優れている旨主張するが、原子力発電所でひとたび深刻事故が起こった場合の環境汚染はすさまじいものであって、福島原発事故は我が国始まって以来最大の公害、環境汚染であることに照らすと、環境問題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは甚だしい筋違いである

10 結論

 以上の次第であり、原告らのうち、大飯原発から250キロメートル圏内に居住する者(別紙原告目録1記載の各原告)は、本件原発の運転によって直接的にその人格権が侵害される具体的な危険があると認められるから、これらの原告らの請求を認容すべきである。

福井地方裁判所民事第2部

 裁判長裁判官 樋口英明

    裁判官 石田明彦

    裁判官 三宅由子

【2014/05/22 06:01】 | 環境・エネルギー・脱原子力
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今年のゴールデンウィーク、しっかりお休みなのは旦那だけ。
わたしはヤマト運輸のメール便の仕分けのバイトが夜10時~2時まであって(お休みはあるが週4は変わらず)、子供たちはそれぞれ剣道とサッカーで練習や試合があり子どもが大きくなってみんなで出かけるのが難しくなった。

それぞれの活躍を見に行ったり充実している。

某日 前日ヤマトの仕事で3時に寝て9時くらいまで寝ていたら各自朝ご飯を食べて出かけていた。
ニャーゴ(娘)は部活で午前中稽古。旦那とぼん(息子)は海に釣り。わたしは午後剣友会で稽古。
剣道をするとやはり疲れるので午後2時間弱仮眠をとって家事をする。夜一緒にご飯を食べ、わたしは21時20分に出勤。

翌日 2時上がりの仕事から帰ってくると 2時半でお風呂に入って3時に寝る。
朝は6時半に起き子どもたちに朝ご飯を食べさせてニャーゴは部活、ぼんは試合へ。
ぼんの大会予選が2試合、旦那と見に行く。ぼんはキーパーをやっていて、終始攻められている試合ではずっとピンチ続きでハラハラした。もう早よ終われ!って思う。
だけど下の子だからいつまでも幼く思っていたぼんもしっかりしてきてチームの中で役割を果たしていて成長したな~とうれしく思う。
何度か危なかった局面があったものの、連係プレーと必死のセーブで相手のゴールを防いでいた。よく頑張っていた(予選の2試合はまず勝利して決勝に進める可能性が高まった)。

帰宅して昼ごはんをつくり、4人で食べてから14時から16時まで仮眠。
洗濯ものなどを片付けて18時からぼんのチームの食事会(焼肉食べ放題)。
チームのお父さんやお母さんに「今日は頑張ったね!君のおかげで負けなかったよ」と声をかけられるぼん。
ニャーゴと旦那も同じ店で食事をして一緒に帰る。

21時に帰りヤマトの仕事に。週に4回も飲めないってことだよね~
焼肉&ビールがかなわなかったのでお米で潤す。

この日の仕事は何冊か束になったカタログを行先ごとに積み替えていく作業で結構重さがあるのと、果てしない量だった。わたしが出勤する時間にバスでやってくるベトナム人留学生のバイト君たちも一緒にやっていて、最後の方は番号ではなく、宛名を見て住所の一覧から見つけて正しい箱に入れていく作業をしていた。漢字の地名は難しいだろう。

市原市の廿五里(ついへいじ)、海土有木(あまありき)、新生(あらおい)
成田市の稲荷町(とうかまち)、吉岡(きちおか)・・知らなければ読めない地名って結構ある。 

運ぶ束が重かったので筋肉痛になるかもしれませんよと言われたけど剣道で鍛えてるので筋肉痛にはならなかった。
しかし途中で眠くなってきて汗だくになって体を動かしていて
金がほしくて働いて眠るだけ~って心の中で口ずさむ。
RCサクセション いい事ばかりはありゃしないの一節

とはいえ、わたしは仕分けとか検索の作業や多少の力仕事や荷物を持つことは苦痛ではないので4時間の短い時間で働いて昼間をうまく利用できるのでとても気に入っている。

前にあちこちの倉庫で作業のバイトに入っていたけど怒鳴られて追いまくられたりした(その職場の雰囲気で社員やパートのおばさんがすんごい怖いところがある)ことを思えばなんて優しい職場なのさ。と思った。
辛いこともあとから「あれに比べれば・・」って思える。って我慢しようと思えるようになった42歳。

2時に上がりタイムカードを押したら向かいのパチンコ屋の駐車場に行く。ヤマトがパチンコ屋から借りる契約をしている。2時入りの人たちの車もたくさん止まっていて手前側は満車になっている。2時~6時の時間帯も女性が多く働いていてこの時間帯の人は超早起きなのかずっと起きてて来るのかどっちなんだろう。
駐車場の奥は藪のようになっていて夜露の草のにおいがする。
安全靴から履き替えて、休憩がないので事故を起こさないようちょっとシートに横になって目を休めてから帰る。
ICEのMIDNIGHT SKYWAY(1998)を聞きながら帰ってくる。

Blues Vibration

午後に寝てしまい買い物に行けず冷蔵庫にほとんど何もなくて(生活クラブ生協の注文を忘れてしまった)仕事帰りに24時間営業のスーパーに寄る。
翌日試合のお弁当に大好物のオムライスを持っていきたいとニャーゴに言われてたのに材料がなかった。

利用していてなんだけど閑散としてお客もいないし、24時間営業にしなくてもいいような・・・
数日前の新聞に牛丼チェーン店やコンビニはバイトの人手不足で一部店を閉める時間帯がある店舗が増えているとあった。飲食店や小売、建設工事、製造業でもアルバイトの人数が確保できないそうだ。

少子高齢化による人口減少で働き手の人手不足はこれからもっと深刻になるだろう。
終身雇用右肩上がりでない時代、増税などによる負担増もあり、単身世帯、若年・女性の貧困も増えている。
なんか、明るい要素がないな・・。


4時前にお風呂に入り、オムライスの中身のチキンライスをつくりソファ-でうとうとしてたら寒くなってしまい布団に移動して寝た。

そのまた翌日
6時に起こされお弁当を用意し、ニャーゴを試合に送り出してごみを出してからまた寝る。9時に起きて11時から剣道の稽古に行く。 14時まで稽古をして夕飯の買い物をして15時帰宅。ぼんはサッカーに行っていた。
洗濯やご飯づくりをしながら1時間半ウトウトして夕飯を4人で食べた。

夜のヤマトはお休みなので早めに(22時)寝る。


連休でもう一つの仕事(塾)がなかったが、連休明けから塾の仕事も週3に増えるのでこまめに切り替えて行けば何とかできそうだ。

<5月の予定>
ヤマトの仕分け 18回
塾の仕事 10回/研修1回
剣道の稽古 18回
剣道の試合出場1回
ぼんの運動会・試合応援3回
ニャーゴの運動会(委員なのでパトロール)・試合応援2回
ファミサポ・託児2回/打ち合わせ1回
本選びの会会議 1回
ぼん関係の説明会1回
ニャーゴ関係の病院 1回

やりたいことができる!家事もできる!
短時間労働って素晴らしい~
収入は合わせてやっと月10万くらいなんだけどね・・。
ヤマトは年に数回一か月単位で休まないといけなくて、いわゆる扶養の範囲に収まるくらい。
せっかくなのでフルタイムで働いたらできなくなるだろうことはやっとこう。

【2014/05/05 21:05】 | くらし
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